そのまま、俺と陵は寮に戻った。ロビーや廊下を濡らしたのは申し訳なくもなくない(っつーか寮監に叱られた)が、とにかく今は陵を風呂に入れなくては、とエレベーターで五階に行こうとしたら、
「……君の部屋、いやだ」
 と陵がそう言ったから、今俺は、七階にある陵の部屋にいる。

「……そういや、何で二人部屋なんだ? 三年だろ」

 三年は一人部屋だと聞いた気がするけど、陵は双子で二人部屋だった。陵弟はまだ帰って来てない様子だったが。
 湯船の縁に頬杖ついて、なんとなく気になったので呟いてみた。隣の部屋も、ネームプレート二人分あったし。

「一人部屋希望しなかったからだよ、守川俊哉。一人部屋希望するのは外部の大学が本命のひとか、一人で部屋使ってみたいひとだけなんだよ。殆ど後者の理由で一人部屋希望するから、三年で二人部屋は珍しいけど、僕らはまだ、和人がいいから」

 はぁ、なるほど。じゃあ俺も年度末には一人部屋希望しよう。
 ……ッて、いやそんなことはどうでもいい!

「なァ、何で一緒に風呂入ってんの俺ら」
「僕を入れようとしたら君が盛大にくしゃみしたからだよ、守川俊哉。君が先に入ればって言ったのに、君が譲らないから妥協案で一緒に入ってるんじゃないか」
「……デスヨネー」

 部屋の風呂といえどそこは銀蘭、男二人で入っても湯船は窮屈じゃない。
 ……窮屈じゃないんだよ。

「何であんた、俺に寄り掛かってんだよ……」

 湯船の端同士に向かい合わせで入りゃいいわけだ、窮屈じゃないんだから!
 なのに陵は俺に背中向けて、俺に寄り掛かってアヒルの玩具浮かべてる。
 罷り間違っても、友達のつもりないと言った奴のすることじゃねえ! ていうかさっきまでの暗い雰囲気どこやった!!!
 ……そして何で俺この体勢を許容してんだ。

「具合いいから」
「ちょうどいい、とかにしろ言うなら!」

 その言い方は何か誤解招きかねないから!

「いやらしい思考回路……」
「てめッ、犯すぞコラァ!」
「ひっ、くすぐったいよして! おなか禁止ー!」

 陵の腹に腕回して拘束すると、思いの他陵は腹が弱点のようで身をよじった。
 バシャバシャと湯を波立たせながら数分暴れて満足したので、陵のからだから手を離す。こいつはどうやら太腿も弱点らしい。次また何か言ったらくすぐってやる。
 暴れ疲れてすっかり俺に身を預けている陵の、濡れた茶髪を一房弄る。

「……で? 何溜めてたんだよ」
「しつこいなあ」
「言わねえと、くすぐるぞ」
「う……」

 これは……ずいぶん効果的だな。
 陵は寄り掛かるのをやめて少し離れ、俺と向かい合わせて膝を抱えた。すり抜けた茶髪の感触が、なんとなく名残惜しかった。

「……気分持ち上げてから突き落とすなんて、底意地悪いよ」
「誤魔化しながら暮らしてたんじゃ、壊れちまうだろ、あんた。――あんた"だけ"が。ふたりでひとりっつってたのに、それでいいのかよ」
「よく……ないけど。壊れたくなんか、ないよ。でも、君には、話さない」
「……」

 何か目茶苦茶睨まれた。けれどその睥睨は、敵意と言うより壊爛(かいらん)への恐怖心と俺への懇願が多いように思える。
 ――これ以上踏み込まないで欲しいと、陵の境界線ギリギリに立つ俺に、言っている。この警告を無視すれば、きっと俺は陵の崩壊より早く、陵をうしなうだろう。

「……わかった。今は聞かねえ」

 両手を顔の位置に挙げて言うと、陵はあからさまにほっとしたようだった。
 ……良かった。選択を過たなくて。

「ありがとう……」
「なんで」
「あれでも聞いて来てたら、僕、君を切り離していたから」

 心底安堵したように、陵は笑う。
 ……つーか何かその言い様って、

「俺を切り離したくないって言ってるように聞こえる」
「自意識過剰だよ、守川俊哉。何で僕が君を惜しまなきゃならないの」
「だよなあ」
「そうだよ」

 しかたなさげに、陵はへらりと笑う。いつも浮かべていたのと、違わないそれだった。つられて俺も、目元が緩む。

(……かわ、……)

 何か俺頭沸いてんじゃねーの。陵兄かわいいとか思った俺爆発しろ。
 ああのぼせてんだ、絶対そうだ。長時間入ってたし。

「……もう出ようぜ。あんたも顔赤ぇし、のぼせるだろ、さすがに」
「……う、うん」

 妙に歯切れの悪い陵に内心首をかしげつつ、バスルームを出る。不細工な兎柄のバスタオルでちゃっちゃと髪と身体を拭いてしまう。
 っつか、こんな長風呂でもまだ帰らない陵弟はマジで何してんだか。

「……知んない」
「は、何が? つか、さっさと上がれよ。顔余計に赤くなってんだろが。マジのぼせんぞ」

 ……俺別に口に出してねぇよな。何が知んないンだ?
 脱衣所から顔覗かせてせっつくと、陵ははっとして出て来た。

「……うー」
「手遅れじゃねえか、あんた……」

 そして、ぐったりと俺に寄り掛かった。すっかりのぼせている。
 とりあえず陵の身体を拭くのを手伝って、陵のジャージを着せる。俺は乾燥機に突っ込んどいた制服を着て、陵をリビングに連れてった。
 長風呂させてのぼさせたのは俺だから、まあ、世話くらいはしていこう。


Side end.

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