side:守川俊哉

 今日もいつもどおり(友紀が白水や鶫サマに絡んで鶫サマを煩わせ俺が白水に目で叱られて)一日が終わった。
 これ以上何かしでかさないよう、友紀を掴まえて寮に連れ帰るのも日常と化して、今日だって授業終わって友紀を掴まえようとした、ら。

「あいつ……逃げ足早くなりやがった……」

 ちょっとトイレ〜とか言って、鞄持って教室を出ていった。トイレ行くのに何で鞄持ってくんだ、と慌てて追いかけるも空しく――友紀のすがたはどこにもなかった。……トイレにも。

「くそッ、猿知恵ばっかスキルアップしやがってあの馬鹿!」

 そしてそんな猿知恵に出し抜かれた自分に、妙に腹立たしさを感じながら足早に校内を移動しているなう。
 だだっ広い校内で友紀を見失ったら、探し出すのは容易じゃない。ただでさえ友紀は、無駄に動き回るし。
 ちかごろあいつは、しきりに美術室へ行きたがっていた。だから余計放課後、単独行動させないように気をつけてたんだが。
 ……その美術室、準備室の前に立って、中の様子をうかがってみる。友紀がいるなら、気絶させてでも連れ帰らねえと。
 ドアに耳をよせてそばだてると、聞こえてきたのは友紀の高くでかい声ではなく、白水の低過ぎない良く通る声と、もう一つは知らない涼やかな声だった。

『俺、部員の精神を悪い方向で乱す奴は、許容できないんだよ、ね』

 雨音に混じった涼やかな声の発言に、俺はぎくりと体を強張らす。
 どう考えても、友紀のことだ。今現在白水を煩わせているのは、友紀しかいないから。

『……部のほうにまで騒ぎを及ばせないよう、留意しておきます』

 これは、白水の声。
 つまるところ、何がなんでも部活の邪魔はさせねえよ、ということだろう。今は時期も悪いしな……。
 文化祭の準備してる美術部にすぐ声を張る友紀が乱入したら、もう描くどころじゃないだろし。
 俺が力及ばないばかりに、白水にも鶫サマにも心を乱させてしまって、なんだか申し訳ない。……友紀がもっと人の話をきいて、やわらかければと、思わないでもないが。
 ここに友紀はいないようなので、盗み聞きするのも悪いし、俺は静かにその場を離れた。
 ああまったくどこうろついてンだ。つーか、方向音痴のくせに広いとこ単独行動とか馬鹿じゃねえのもう!
 ぷりぷり友紀の迂闊さに怒りながら来た道を戻ろうとすると――

「……あいつ……」

 窓の外、雨にけぶる中庭に、かすかに人影をみつけた。
 友紀かと思ったが友紀じゃない。あの影は友紀より背が高いし、髪も友紀の地毛より濃い茶色だから。

「――陵……」

 ふらふらと、気ままに――と言うよりは茫然自失といったふうな足取りのそいつに、何故か焦った。
 気付けば中庭に降りて、陵に駆け寄って。

「あんた何して――っと」

 腕を引いたら、陵は俺の胸に倒れこむようなかたちでおさまってしまった。
 驚いたように俺を見上げる、ひどく苦しげな目をしたこいつは、陵和治だ。友紀の提案である髪留めを、向かって右にしているし――していなくとも、俺はもう、わかるようになっている。
 けれど二人を判別できるようになって、何故陵が友紀に構っているのかがわからなくなった。
 最初は、見分けてもらえたからだろうと思っていたんだが――はたしてこの双子は、陵和治は、見分けられることを望んでいたのだろうか。あの日感じた怖気は、もしかしたらそれに因るものではないだろうか。

「……守川、俊哉……」

 呆然と発された声は、どう聞いても弱っているとしか受け取れない。

「……なにしてんだ、傘もささねえで」
「君も、さしてないじゃない」
「そりゃ、あんたがフラフラ雨ン中歩いててビビったから……」
「……離してよ」

 ああ、抱き留めたままだった。暗い榛の眸に見上げられ、ぞくりとして手の力を弱めた。
 途端陵はさっと俺から二歩くらい距離をとる。

「あんた……」

 濃い闇に囚われたような、空ろな目をする陵和治に、何を言えばいいのだろうか。残念ながら俺は友紀ほど、救いになることばを知らない。
 ――残念、ながら? 俺は、こいつを救いたいのか?
 友紀が俺を引きずり出してくれたように、今度は俺が陵和治を引き上げたいのだろうか。どうして、そんなふうに思った?
 ……わからない。わからないけれど、こいつを、このままにしておけない。――しておきたくない。

「あんた、こんな雨ン中で何してたんだよ……風邪引くだろ」
「心配してるの、守川俊哉? 僕は、君と友達のつもりないのに」
「ダチかどうかなんて知ンねえよ。でも顔見知りが雨ン中傘もささずにフラフラしてりゃ、焦るだろうが」
「……そう言うもの?」
「俺はな。……あんた本当にどうしたんだよ。なにをそんなに溜め込んでんだ」

 何でそんなに泣きそうなんだよ。
 一度離した腕を掴もうとして――ためらう。かたちも定まらないまま何も識らないまま手を差し延べても、その後の責任がとれないから。
 そう言うと陵を問い質している現状と矛盾するのだが。
 無責任に暴きたくない。でも陵和治が気になる。目の前で暗闇に捕まりそうな陵を、放ってはおけない。

「何も……溜めてなんかないよ」
「何も溜めてない奴がッ、ンな壊れそうな目ェするかッ!」
「目の錯覚だよ」

 ――ッああ、もう!

「ッ?! は、離してよッ」

 あくまで誤魔化すつもりらしい陵の手を掴んで、引っ張って歩き出す。連れ去られまいと踏ん張ったようだが、ふらふらな奴の力なんてたかがしれてる。
 何度か口先で嫌がった陵は、それでも離さない俺に諦めたのか、もう抵抗をやめた。
 もう、いい。どうにかなったらどうにかして責任とる。こいつを放置して壊れちまうほうが無責任より余程嫌だ。
 風船みたいにふわふわしてたのに、それがなくなっちまうなんて、嫌だ。ふわふわしてた陵和治の笑顔がなくなるのは、たえられない。
 理由なんざわからない。けれど多分、本能的なものに近い気がする。嫌だと感じたのが、ほとんど反射的だったから。
 冷たく震える陵の手を、消えないように強く握った。
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