side:真山友紀


「ここは……どこだ!」

 誰もいない木陰で、俺はしゃがみ込んで頭を抱えた。
 美術室を目指していたはずなのに、俺は何で校舎の外にいるんだ! 何か呪いでもかかってんじゃねーの! しかも追い討ちみたいにちょっと前から雨降りだしたし!
 ちなみに舗装された通路を通ってたから、雨降りでも上履きに泥はない。……濡れはしたけど。うう気色悪い。

「……そもそも美術室ってどこなんだろーか」

 きっと特別棟にあるから、特別棟をうろつけば見つかるだろうと思った俺が甘かったのか?!
 芳春が美術部だと知った日からこっち、芳春の活動してるの見たくて、ずっと美術室に行きたかったんだけど……場所を聞いても俊哉は教えてくれないし、アシルは良い顔しないし、誠吾は話逸らすし。会長や優太、補佐の一年(望月晟と圷瑰奇っていう、これまた美形の二人組)は近頃「話しかけたら殺す」オーラがみなぎっててこわいし。六月入ってからとみに。
 なんでも文化祭が近いらしくて、仕事量が外道だって誠吾が言ってた。だというのに俺を構おうとするアシルと誠吾に、仕事しろよと突っ込んだのは昨日のことだ。

「ていうかホントここどこ! 校舎見えねーし!」

 目を凝らしても、建物のすがたは見当たらない。ほんとこの学園無駄に広過ぎ!
 はぁ、木で雨宿りにも限界があるよなァ。この木は鬱蒼としてるから、雨粒も殆どこないけどさ。

「雨……嫌いだな」

 寒くなるし暗くなるし、濡れるし。
 六月だから、雨が多いのは仕方ないけど、ジメジメするしなァ……。雨音は結構好きだけども。
 膝に肘をついてどっぷり溜め息を吐く。
 初めて学校来た時も迷いそうになったっけ。丁度アシルが来てくれて、それは回避できたんだ。
 あの時はうつろな、あやふやな偽物の笑顔だったアシルは、近頃ではいろんな本当の――"アシルの"表情(カオ)を見せてくれるようになった。あんな、誰かになろうというような笑顔よりも、よっぽどきれいな貌だ。
 ――そういえば入寮の日、鶫はアシルに「自我を持たない」と言っていたけど、あれってどういう意味なんだろ。アシルはちゃんと自分を持ってるのに。
 鶫も……上っ面しか見てないのかな。だとしたら、それは悪い事で、とても哀しいことだ。
 アシルと鶫は嫌いあってるみたいだけど、きっとお互いの内面を知れば仲良くなれるはずだ。二人とも良い奴だしさ。

「……よッし!」

 ここは俺が一肌脱いで、二人が仲良くできるように頑張ろう! 二人とも俺の友達なのに、仲悪いなんて切なすぎるし、友達は多い方が楽しいもんな!
 鶫もアシルも親衛隊のせいで友達少ないんだ。仲良くしたせいで相手がいじめられるのを気にしてる二人は、同じ親衛隊持ち同士なら気兼ねなく仲良くできるはずだし!

「そうと決まれば早速――ッて、俺迷子なんだった!」

 意気揚々立ち上がった俺は、しかしすぐさま力なく座り込む事となったのだった……。
 ……俊哉に迎えに来てもらおう。アシルと鶫の仲良し大作戦を決行しようとも思ったけど、アシルは忙しいだろうし鶫のメアドもケー番も知らないし。そういえば芳春のも知らない。二人とも、教えてくれないんだよな……。照れないで良いのに。
 とりあえずアシルと鶫仲良し大作戦は、アシルの息抜きに夕飯誘うでもして考えよう。

「……嘘ォッ!」

 溜め息つきつつ白い学ラン(今のもさもさした変装だとすごく似合わない)のポケットから携帯を取り出したが、うんともすんともいわなかった。

「……充電切れ……かよ……」

 お、俺このまま遭難しちゃうんじゃ……ッ!

「誰か助けてー……」
「どうかしたか」
「うおォッ?!」

 ふたたび頭を抱えて呟くと、頭上から声が返って来た。何か聞き覚えのあるような、低くて、厳しげな声だ。
 まさか返答があるとは予想だにしていなかった俺は、大袈裟に驚いて濡れた通路に尻餅をつきそうになった。
 あわや――というところなのは、俺に声を掛けたひとが咄嗟に腕を掴んで引き上げてくれたからだ。

「あ、ありがと……うゴザイマス」

 そのひとは黒い和服――剣道着? を着ていて、和傘をさしていた。彼はその傘のなかに、俺をいれてくれた。
 すごい背が高い、もののふって感じのひとだ。しっとりしてそうな長い黒髪を、緩く結んで前に垂らしている。ていうか美形だ。この学校は生徒を顔で選んでいますか?
 きりっとした意思の強そうな目元をゆるくして、彼は気にするなと微笑んだ。
 ――あれ、このひと……?

「あの、どこかで会わなかった? 俺――あ、俺、真山友紀っていうんだけど。俺が銀蘭転入(はい)る前に」
「……その記憶は正しい。改めて名乗ろう。俺は銀蘭高等部3C在籍、剣道部主将の冬香院紫吹だ」
「とうか、いん……って叔母さんが嫁いだ、志桜さんとこの分家の。紫吹さんって、婚姻パーティーで会った、あの?!」
「そうだ。……久しいな、真山友紀」
「ひ、久しぶり! うっそ、雰囲気ぜんぜん違うし!」

 パーティーで会ったときは、全然もののふって感じじゃなかった。髪は後ろで括ってたし、スーツだったしで、武士ってか高級官僚っぽかったから、なんだか結び付かない……。

「スーツはどうも、落ち着かなくてな……。やはり剣道着は、身が引き締まる」
「そう言うもん? あッ、叔母さんたち元気? 伊吹さんは?」
「うむ、ご健勝でいらっしゃると聞いている。伊吹兄様もな」
「そっか、良かった」

 伊吹さんというのは紫吹さんのお兄さんで、最初双子かと間違えたくらいにそっくりだ。伊吹さんは髪、短いけど。

「真山が御夫妻は息災でおられるか? 南米に渡らされ――渡られたと聞いたが」
「……? 元気だよ。俺がいないのいいことに、ここぞとばかりにイチャイチャしてんじゃないかな」

 両親の万年新婚っぷりを思い出して辟易しながら答えると、紫吹さんはほっとしたように微笑んだ。
 ……そういえば南米行くって話が持ち上がったころ、父さんは困ってたような感じだったけど、紫吹さんが言い換えたのと何か関係でもあるのかな。仕事のはなしは滅多じゃしてくれないから、知りようもないけど……。
 紫吹さんなら、知ってるなら教えてくれるかな。

「渡らされたって、どういうこと?」
「――……いや、気にするな」
「気になるよ!」

 紫吹さんの袖を掴んで、俊哉より更に上にある紫吹さんの顔を見上げた。紫吹さんはまずい事いった、って感じに顔を歪めている。

「なあ、教えてよ、紫吹さん。どういうことなの」
「……直接ご両親に伺えば……」
「仕事のはなしは、聞いても、俺が気にすることじゃないよっていうから。だから俺も全然聞かなかったんだけど」

 と言うと、紫吹さんは少し苦い顔をした。……何で?

「……俺もよくは――子細は知らんのだ。分家で、そうではないかと囁かれているに過ぎんことで」
「何っ」

 言い募ると、言いにくそうに紫吹さんは口を噤んだ。
 なんだか物凄くシリアスなことのような気がして、迷うような紫吹さんの目をじっとみつめる。

「……代理が」
「志桜さん……? 志桜さんが何?」
「ッ……あまり彼のお方の名を気安く口にしない方が」
「え? でも志桜さんとは友達だし、いいじゃん別に! ってか、そんなことより、志桜さんが何なんだよ」
「……若様が、真山が家を呑まれる気で……或いは潰す気でいらっしゃる、と……」

 ――渋い顔をした紫吹さんの口から出た言葉に、俺は頭から、氷水浴びせられたみたいな心地がした。

「……な、何で! あるはずないじゃん、自分とこの分家に嫁いだひとの実家だぜ? そんなこと……あるわけないって、勘違いだって。志桜さんがそんなことするはずないし」

 父さんの南米行きも、困ってたのも、たまたま重なっただけで志桜さんは関係ない。
 だってそうだろ、志桜さんは使用人の人達だって大切にする良い人なんだから。そんなひどいこと、するようなひとじゃないさ。
 そうだよ、志桜さんがひどいことなんて、するはずない。

「……だと、良いのだが。ともかく、早とちりであることを、俺も願っているのだ」
「早とちりだよ。志桜さんほんと、良い人だから!」
「……うむ。そうだな。――時に真山友紀、かような半端な場所でなにをしていたのだ?」
「えっ、あッ……」
「この先には武道場のたぐいしかないのだが……寮とて近くはない場所だ」
「あの……その」

 まさか迷子ですとは言えなくて、もごもご口を動かしていると、紫吹さんの雰囲気が厳しくなった……気がした。

「もしや、親衛隊の呼び出しではあるまいな」
「いやッ、違う、暮らし向きは平和そのもの……」
「では何だと言うのだ」
「……ええと、そのう」

 訝しげに首をかしげる紫吹さんを見上げてはうつむく。
 ……言うのは恥ずかしいけど、携帯充電切れてるし……一人で帰れる気しないし……。方向音痴だし……。
 ……ええい、ままよッ!

「ま、迷子……です」
「……は?」

Side end.

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