――真山が現れてから、一週間が過ぎた。
 相変わらず絡んで来るあの野郎のせいで、普段より龍鳳寺に絡まれるは伊能にもやたら絡まれるは嘉山は無駄に苛々してるは、果てしなく面倒な状況になっている。
 で――……今俺の部屋で俺に抱き付いてグズってる奴も、その弊害の可能性が非常に高い。

「ただいまいーちゃん! つぐみん帰陣でござ……ッなにこの萌えシーン。うぼぁー」

 リビングに飛び込んで来た嘉山は、俺にしがみついてる奴を見るなり噂の断末魔をあげて壁に縋った。

「……ってか、ちーちゃんがここ来るなんて珍しいね。いつもは俺がいるからこわがって来ないのに。しかも泣いてるし」
「部屋の前で会うなりこれだ。泣くだけで何も言わねえ」

 長い図体のこいつ――生徒会書記千影優太に横からしがみつかれたまんまで、何もできやしねえ。
 まったく何がどうなってボロボロ泣いてんだか。
 壁に縋りっ放しだった嘉山は何事もなかったかのように立ち上がって、キッチンに消えてった。ガチャガチャ鳴らしてるから、茶でも淹れるんだろう。俺らは飲めりゃ良い質なんで、三角錐ティーバッグのアレだが。
 予想通り数分後、嘉山は俺と嘉山のぶんのティーカップを手に戻って来た。千影のを淹れてやる気は今はないらしい。
 コーヒーテーブルにカップを置いて、嘉山はベランダを背にした一人がけのソファに座る。

「さて……ちーちゃん。ぐずってばっかじゃいーちゃん困るよ? いーちゃんはサトリじゃないから、何があって泣いてるのかなんてわかんないし。自分の口で喋りなよ、俺は説明してあげないから」

 何だその自分は把握してる感満載の言い回し。
 嘉山の言に千影はより俺にしがみつく。そうしてから漸う、口を開いた。

「なま、ッ名前……」
「名前?」
「やだッ……、のに、呼び捨てっ、する」

 ああ真山か。案の定。
 真山はしょっちゅう龍鳳寺や伊能に生徒会室に連れてかれて入り浸ってるらしいから、真面目にはたらいてる千影が絡まれるのは考えてみれば当たり前だ。それ以前に同じクラスだし。
 関わりたくねえ真山に友人面されて名前呼び捨てにされたってことだろう。
 涙腺緩過ぎる泣き虫千影とはいえ、それだけで泣くとかどんだけ嫌だったんだ。

「あ、あいつ、やだっ……! 俺、いっしょけんめ頑張ってる、のにっ、」
「もっとちゃんと喋れって?」
「っ……」

 野郎の言いそうなことだ。必死で頷く千影の頭をぐしゃぐしゃ撫でてやる。
 言葉を繰ることが並外れて不得手な千影だが、これでも初等部ン時よりは喋れるようになってるわけで。
 多分真山は勝手に千影が努力していないと思い込んで、そんなことを言ったんだろう。
 千影がうまく喋れないのは、千影の優しさであり、弱さだ。
 千影は、言葉がどれだけ鋭利になるかをよく知っている。その鋭利な刃がもたらす痛みを嫌と言うほど知っているから、誰かに苦痛を負わせたくないと無意識に恐れて、何も言えなくなる。余程のことがなければ千影は、真山にさえ鋭利な言葉を投げ付けないだろう。
 傷つけられた者は痛みを己が心で知るからこそ、他者に同じ痛みを与えることを恐れるものだ。相手がどれほど痛いのか、分かってしまうから。
 ――だからって。

「……反論もしねぇでピーピー泣いてんのかてめえは」

 図星だったのだろう、千影はびくりと体を震わした。

「っだって」
「だってじゃねえ。真山は手前の思考が正義の野郎だから、勘違いさせたままなのが一番ウゼェんだぞ。努力してんだから否定くらいしやがれ、この駄犬」
「よしはる……っ」
「ウゼェ泣くな。努力を否定されて悔しくねえのか、千影」
「……、……やだ」
「だと言うなら、手前の口で、手前の言葉で主張しろ。――真山に限り、傷つけることを忌避するな。んなことしてたらただでさえ届かねえ言葉が余計伝わらねえ」
「……がん、ばる……」
「良し」

 制服の袖で涙を拭って、千影はしっかり頷いた。頭を撫でてやれば、至極嬉しそうな笑顔をうかべる。

「真山はほんとあっちこっちでゴーイングマイウェイしてるよねぇ」
「あいつやだ。じゃま」
「あぁ、生徒会室入り浸ってるんだっけ。龍鳳寺が補佐にしようとしたよね、蹴られてたけど」
「俺、あいつイヤ……。会長も、だめ」

 つまり千影と鴻巣が認可しなかったから、真山は生徒会補佐になれなかった、ということだ。生徒会補佐になるには役員全員の承認が必要だから。
 俺と嘉山にも補佐の話があったものの、龍鳳寺が拒否ったから一般生徒してる。まあ、一年の時は補佐やってたが。なりたての頃は龍鳳寺との関係も、良くはないが悪くもなかったな。

「ふたり……もっと無能って、会長……」

 現状ただでさえ使えねえ龍鳳寺と伊能が、真山を補佐になんかしたら余計に使えなくなると、鴻巣は判断したらしい。
 ま、補佐にしねえでも入り浸らせて仕事しねえってのは変わらんと思うがな。
 つーか真山補佐にしたら、親衛隊の反感煽るだけだろ。何考えてんだ龍鳳寺の奴。馬鹿だろ。
 そういえば今のところ、親衛隊が動いた様子がない。嘉山の"お願い"をよく聞いているらしい。
 ……嘉山が鴻巣の裏親衛隊にまで言うことをきかせたとか言ったのには、流石に驚いたが。徹底して影に潜んでる奴等の頭を見つけ出してたってことだから。放課後うろついてんの絶対腐男子活動じゃねーだろお前。裏で動き過ぎで「それも私だ」状況のような。
 その嘉山は立ち上がってまたキッチンに行った。ちゃんと話した褒美に淹れてやるんだろう。

「千影」

 まだ抱き付いたままの千影に、少し低い声を掛ける。
 機嫌を損ねたと思ったのか、恐る恐る顔を上げた。落ち着いてきたのがまた泣きそうだ。

「さっきも言ったが、真山を傷つけるに臆するな。訂正すんなら、ちゃんとはっきり言えよ」
「うん……」
「……お前が努力してるのは、俺がよく知ってる。これは後押しにならないか」
「……とても、なる! がんばる……から、応援して、芳春!」
「ああ」
「芳春!」
「――っぶね……」

 頷いてやると、千影はないはずの犬の尻尾を目茶苦茶振って飛び付いてきた。勢いに負けて体を支え切れずに、ソファに倒れこむ。
 あぶねえよと頭を小突くも、嬉しそうに笑うだけだ。
 ……嫌いじゃねえから、まあいいか。

「……」

 ……だがそこのニヤニヤしてる嘉山、てめえは後で殴る。
 俺で萌えんなって、言ってんだろうが!!!

「はいちーちゃん、ごほうび」
「ありがと、嘉山」

 ソファ越しに睨み付ければ、嘉山はへらっと笑ってニヤニヤすんのをやめて、こっちまで戻って千影に紅茶を手渡した。
 千影が上から退いたので、俺も体を起こす。
 それから暫く静かな時間が流れたが、大人しく紅茶を飲んでた千影が首をかしげた。

「何で嘉山……いっぱい知ってる?」

 生徒会の内情に通じ過ぎだ、ということだろう。
 問われた嘉山は、ポケットからアンテナとイヤホンのついた小さい箱型の何かを取り出して、非常にイイ笑顔をみせた。……絶ッ対ェアレろくなもんじゃねえ。

「だって俺、生徒会室盗聴してるもん。盗撮もね。ま、生徒会室だけじゃないけど」

 ……ほらみろ。つかいつの間に、どうやって仕掛けたんだ。
 嘉山のあまりにも悪びれない態度に、盗聴被害者の千影が青褪めた。

「……?! は、はんざいっ」
「てへ。生徒会室で萌え展開あったりしたら腐的に一大事だからね。まあ龍鳳寺が何か馬鹿な発言しないかなとも思ってるけど。言質ってやつ?」
「ンな違法スレスレなモンに証拠能力あるのかよ」
「いいの、なくても他の順当な証拠固めるから」
「嘉山、やっぱり、こわい……あぶない……はずして……」

 涙目で訴える千影に、嘉山はもっともらしく眉根を寄せて、

「これもいーちゃんを真山や龍鳳寺から守るためなんだ、分かってちーちゃん……」

 それくらいで騙されるかよ。しかも言ってることちげぇし。
 と思ったが千影を見たら何かキリッとしていた。

「じゃあ、がまん、する。俺も芳春、守る!」
「わー、ちーちゃん偉い子〜」
「えらいよっ」

 あっさり騙されてやがる……。大丈夫かよ生徒会こんなんで……。
 鴻巣苦労してそうだな、と顔見知りの会長サマにほんのり同情した。


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