「――末端まで押さえるのは大変だろうけど、嘉山様と陵様からのお願いだと言って、押さえておいて欲しい。特に知久、湊、槌谷」
テンションだだ上がりの知久を何とか落ち着かせて、阻まれた続きを言う。僕はいつからこんな苦労人キャラになってしまったのだろうか……。
僕の会長方は、会長の品位を貶めてしまうことはやらない。第一、会長が転校生に興味なさそうだから、会長方だけを見れば穏やかなものだ。
真夏の千影様方は、非常にのんびりしているし、千影様も転校生をスルーしているので今のところ問題ない。
田名部の白水様方は、白水様が転校生を言葉ではっきりと拒絶しないかぎり動かない。元々すべてを排除するのではなく、白水様の作業を直接的に著しく妨害した人を調教する律があるし。
新谷の陵様方、これも白水様方と似て陵様が望まないことはしないから安心出来る。
小牧の水町君方は今はあまり関係ないけど、この先転校生が水町君に接触しないとも限らないから念の為呼んでおいた。まあ、水町君方も穏和だから、心配ないだろう。
隊員たちの個人的な感情は、転校生への嫉妬で制裁に傾いている。それを押さえ切れるかが、腕の見せ所だ。
「ほんとは今日やるつもりだったけど〜、昨日の夜に嘉山様が〜、ゴーサイン出さないうちになにかしたら、二度といじめてくれないって言うから〜。もう全員にその旨伝えてあるよ〜」
……でも湊の嘉山様方は、その一言で永劫押さえられるんだろう。マゾしかいないもんね、うん……。
「僕はどうせ鼠どもがやるだろうって思ってたから、ストップかけてたけど」
知久の言う鼠とは、影で動く会長方裏親衛隊のことだ。何匹いるかわからないし、コソコソ動いているからそう言うのだろう。
「朝来たら、静かなもんだったから意外だったよ。取り敢えず、効果的なこと謀ってる最中だから動かないように言っとく」
ちょっと引くくらいイイ笑顔の知久に頷いた。基本的には副会長方は知久(隊長)に従順だから、容易いことだろう。
最後に、ロッカーに座ってにこにこしながら黙ってる槌谷に視線をやる。
「俺はー、転校生どうでもいいし」
「何で?」
「んー……あいつが何で転校生構うか、予想つくもん。幹部連中もわかるだろうし、取り敢えず静観がウチの方針〜」
「取り敢えずじゃなくて」
「わかってるわかってる。最近誤解されがちだけど、ウチは基本セフレの集まりじゃなくて、愛されてきた奴の集まりなんだよね。ギブアンドテイクの仲っていうか。まー、皆あいつが好きなのには変わりないんだけど」
「……よくわからないけど、許可出るまで何もさせない、でOK?」
「Okay〜」
許可出ても多分何もしないよー、と笑ってる槌谷に安堵する。
そういえば、守川君も転校生に構っているけど、彼の親衛隊はどう動くのだろうか。規模が僕らほど大きくないから、総隊長の権限が及ばない。
「話は以上ですか?」
優雅に紅茶を飲む田名部が、やっぱり優雅に問い掛けて来た。うん――と頷きかけて重大なことを思い出す。
「もう一つ。……転校生に、美術室への行き方聞かれたって、言ったよね」
「――ええ」
「えー、今の時期美術室に行かれたら、完璧邪魔じゃん。三條も怒らせたんでしょ、あいつ」
昨日の放課後、転校生が香道部長の三條を怒らせた――というのは、既に校内に広まっている。部活中の彼を怒らせる、と言う事は、イコール転校生は騒がしい、ということだ。
そんな騒がしい転校生を、文化祭の準備をしている美術部に行かせたら、真剣に取り組んでいる美術部の妨害になる。
「だから、なるべく放課後、転校生を美術室に近寄らせないようにしたいんだ。親衛隊で何とか阻みたいんだけど」
「賛同しますよ、江田島君。転校生などに美術部の作品の質を落とされるなんて、おれは我慢なりませんから」
「白水様の絵が、あいつに汚されるのは僕も勘弁。……でも、僕のとこはあまり役に立たないかも。一応副会長方だしね」
知久はしかたない。大っぴらに白水様のために動くと、副会長の不興を買ってしまうから。
いいよ、と笑いかけて、他の面々を見た。
「俺も構わないけど、無駄な努力じゃないか?」
小牧は頷きながらも、ずばりと言い切った。僕は反論のすべを持たないので、苦笑する。田名部も肩を竦めている。
確かに、美術室に近付けないようにするなんて無意味なことだ。副会長や伊能様に頼めば連れて行ってもらえるだろうし。妨害するにしても具体的にどうやって? という話だ。
「わかってるけどー、のいちゃんは、美術部のじゃまされたくないんだよねー。のいちゃん副部長大す――」
「な、なつっ!」
「もがもがー」
とんでもないことを言おうとしたなつの口を慌てて塞ぐ。何言い出すの、何言い出すのこの子……!
「副部長が、なぁに、乃維?」
「な、な、な、何でもないよ!」
「ふふふ顔真っ赤だよ、乃維。隠し事下手なんだから」
「なにも、なにも無いってば……!」
「えー? そんなに赤くなってるのに、何もないの?」
「ないよ!」
「乃維のうそつきさんっ。アイツが好きなんでしょ、ほらほら素直に吐いちゃいなよ!」
「ないって、ないから……!」
必死で否定すればするほど怪しいとわかっていても、恥ずかしくて否定してしまう。更には知久のサド心に火をつけているのだけれど、わかっていても、わかっていても……!
っていうかさ、皆ニヤニヤしてないで助けて欲しいんですけどね……!
結局知久に"彼"がすきだとはかされて、今日はお開きになった。転校生静観のことを伝えるだけのはずだったのに、なんてこと……。うう、知久の鬼!
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