Side:江田島乃維

 今日はなにごともなく放課後を迎えられて、集会室に向かいながら内心でほっと息を吐く。
 つつがなく――と言うには些か語弊があるけれど。昼休みにまた転校生が、副会長と伊能様に接触したという話だし。
 転校生――真山友紀。本来は新学期から来るはずだったのが、両親のいる南米からの帰国が(飛行機が飛ばなかったりストが起こったりハイジャックとニアミスしたりで)遅れに遅れて新学期から一月後に学園にやってきた、野暮ったいもっさりした姿の男。
 容姿とは裏腹に明るく、剛直で素直。言い換えれば、馬鹿正直で向こう見ず。
 副会長と伊能様は、何がいいのか彼にべったりくっついている。……まあ、副会長親衛隊と伊能様親衛隊の一部以外は、転校生がお二人にくっついているように見えているみたいだけど。
 転校生がくっついているというなら、白水様と嘉山様だ。昨日も一昨日も、派手に嘉山様に拒絶されたというのに、それを親衛隊から守るためだなんて、勘違いしているらしい。なんてポジティブな頭なんだ。
 白水様も、あんな鬱陶しい転校生、さっさと拒絶してしまえばいいのに。ご自分で拒絶の言葉を言えなくなるよう動いたのだから、慎重になるのは当然だろうけど……。

「あ、あのっ!」

 転校生が来てから三日、登校は二日目だというのに、親衛隊は――親衛隊のみならず、単に転校生の人格が気に食わない生徒までもがすごくピリピリしていて気が重い。
 溜め息を吐くと、丁度に後ろから声を掛けられた。他に人がいないから、僕がかけられたんだろう。
(げ……転校生)
 振り向いた先には、今し方考えていた転校生の、もっさりした姿があった。思わず眉を顰める。

「あのさ、美術室ってどういくんだ……ですか?」
「……美術室?」
「そう。えと、特別棟だとはわかるんだけど、何か迷っちゃって」

 てへへ、と後頭部を掻いて笑うさまは、正直言って少し……不気味だ。だって殆ど口元しかわからないから。
 本当に、あのお二方はこれのなにがいいんだろうか……。よくわからないけど嘉山様がおっしゃっていた、ギャップ燃え……というやつだろうか。そもそも燃えってなんだろう。

「……? えっと……」
「……ああ、美術室は開いてないよ」

 今日は美術部休みだし、提出期限が近い時期でもないから解放されていない。開け放しておいて、心無い人間に展示品や胸像なんかを破損されては困るからだ。
 開いてない、という答えに転校生は困惑したようだった。

「え、でも芳春は部活って……」

 まだ白水様を呼び捨てにしているんだ。懲りないなあ。
 というかこの転校生は白水様と美術部の邪魔しに行くつもりだったのだろうか。それは冗談じゃない。文化祭で美術部の展示を楽しみにしている生徒はたくさんいるんだから、彼らの気を散らすなんてさせるわけにはいかない。
 この後の会合で、美術部の邪魔させないように協力を仰いでみよう。……無駄だろうけど。

「もういい? 僕も用事があるんだ」
「っちょっと待って、せめて2Aまでの道教えて」
「ここは三年フロアだから、そこの階段上がるだけ。じゃあね」

 一体どう迷えば本館で迷子になれるんだろう。
 ちょっとうんざりして、足早に集会室へ行こうとしたら腕をつかまれて、また引き止められた。

「さんきゅな! 俺、真山友紀って言うんだ。あんたは?」
「……何で名乗らなきゃいけないの?」
「だって、友達になりたいじゃん。せっかく会ったんだから」
「僕、用事があるって言ってるのに引き止める人とは、仲良くしたくないから。それじゃあね、転校生」

 ひどく小柄な転校生を振り払って、集会室に足を向ける。離れてからちらっと背後を窺ったら、転校生は呆然と立ち尽くしていた。


「ごめんね、遅れて」

 集会室のドアを開けると、既に呼び集めた七人――親衛隊長達は集まっていた。集会室と言ってもただの空き教室だから机はそんなに置いてなくて、こだわらない何人かはロッカーの上に座ってたりする。少ない机にはクッキーやスコーン、紅茶が乗せられていた。
 会合と言うけれど、実際のところただのお茶会だ。きちんとしたのは、視聴覚室あたりを借りて、各幹部もそろえてやる。

「のいちゃん遅いよー!」
「うぐッ……ご、ごめんってば……」

 そのロッカーに座ってるうちの一人、千影様の親衛隊隊長が飛び降りて激しく抱き付いて来た。抱き付いたというよりタックルだ。頭突きがもろに……鳩尾に……っ。
 このちっちゃくてふわふわしている親衛隊長は司馬真夏といって、僕の幼馴染みだ。昔からスキンシップが大好きな不思議っ子。

「なつ、離れて、苦しいから」
「やだやだ、のいちゃんのいいにおい!」
「い、意味が分からないよ?! ていうか離れなさい、会合できないからっ!」

 おなかすんすんしないでー!
 意外と馬鹿力ななつに苦戦していると、水町というおっとりした子の親衛隊長をしてる小牧が、援軍にきてくれた。彼は背が高いし、体格もいいので、簡単になつを引き剥がす。

「離してよー小牧のばか!」
「だぁめ、話始めらんないだろ」
「ありがとう、小牧」
「いやいや。仲良くて微笑ましいよな、江田島と司馬って。……で、何で遅れたんだ?」
「そういえば、乃維が一番遅いのって、珍しいよね」

 前後逆に椅子に座ってクッキーをつまんでいた宰知久――これは副会長の親衛隊長――が首をかしげた。可愛らしい見た目だけど、わりとサディストなので騙されちゃならない。その上バリタチという、何とも濃い友人だ。

「あ、うん。例の転校生に捕まってて……」
「――真山? へえ、あいつ、白水様や嘉山様にへばり付くだけじゃあきたらず、乃維にまで迷惑かけようって言うんだぁ……ふふふふ、泣かし甲斐ありそうだねぇ」
「ちょ、知久落ち着いて。美術室への道聞かれて、友達になりたいとか言われただけだから」

 知久は副会長方だけれど、白水様の絵が好きだし、嘉山様も嫌っていない(馬は合わないらしいけど)。というか親衛隊同士でいがみ合っても……って言うタイプだから、副会長がお二方を敵視しているのもどこ吹く風。嘉山様方の隊長とも親しいし(サドとマゾでこちらは馬が合うそうだ)。
 お二方の親衛隊と掛け持ち禁止にしているのは、副会長へのパフォーマンスだ。折り合いが悪くなっても面倒だから。
 副会長は自分の力で親衛隊をしつけたと思っているようだけど、実際しつけたのは(といっても上層部のみだけど)知久だ。末端は放置している。副会長のためにそこまでしたくないと言って。
 それに気付かず、自分は出来ていると思い込んでいる副会長を知久は「そんな馬鹿なところも、いじめがいありそうだよね」と笑っている。知久は副会長が好きで親衛隊長をしているわけじゃない。苛め抜いてズタボロにして泣かしてやりたいので親衛隊長してるらしい。サディストこわい。

「友達に、なりました?」

 はんなり微笑んで首をかたむけている彼が、白水様の親衛隊長である田名部だ。微笑んでいれば綺麗なんだけれど、冷笑は美しくて恐ろしい。

「まさか」
「でも、江田島君は、会長方の隊長でしょう。友達になっても問題ないとおもいますよ?」

 ――そう。僕、江田島乃維は、会長の鴻巣様親衛隊隊長だ。
 といっても表のほうで、会長に恋愛感情を抱いているわけではない。下の隊員はともかく、幹部の僕らは会長に憬れて、あの立派な人のお役に立ちたいと思っている。
 会長の品位を貶めず、手を煩わせず、ただ彼の助けと成れ――それが表親衛隊の方針だ。
 影の会長親衛隊は、会長の負担を増やす馬鹿しかしない迷惑集団なので、一緒にされたくない。

「止してよ、意地悪いんだから。いくら会長が転校生に興味を示してないと言っても、転校生の心証は最悪なんだから、示しがつかないよ。それに……個人的にも好きじゃないし」
「忘八もいいとこ――ってのは〜、ほんとだったぁ?」

 恍惚に見間違うような笑みをうかべて、嘉山様方の親衛隊長湊が言った。
 忘八とは孝、悌、忠、信、礼、義、廉、恥――八つの徳目を忘れた人を言う言葉だ。人を罵る言葉でもある。

「二、三交わしただけじゃ、そこまではわからないよ。でもまあ、礼儀がなってないのは確かだと思うよ」
「それは、よく知ってますよ。昨日の昼、おれ、白水様と嘉山様の隣のテーブルでしたから」

 冷たく笑う田名部に、集会室は一瞬で極寒の地となった。
 ああ、田名部の背中に吹雪が見える……。
 でも伊能様方の親衛隊長である槌谷安里だけはこの猛吹雪をものともせず紅茶を飲んでいる。槌谷はパッと見タチっぽいけど、バリネコなのだそうだ。

「乃ー維ちゃん。相談ってなに?」

 中性的な顔をのほほんと笑みで飾って、その槌谷が聞いてきた。
 それで田名部も冷たい笑みを引っ込めたので、僕らはほっとして話し合う態勢をとる。新谷――陵様の親衛隊長に席を譲られたので、それに甘える。
 ――この七人を集めたのは僕だ。僕は生徒会親衛隊の総隊長なので、彼らを招集出来る。この権限は生徒会と同規模の親衛隊にも及ぶ。
 もっとも今日はそれは使ってないけど。友人同士だから、放課後喋ろう、というだけで、きちんとした会合ではない。

「もちろん、転校生のこと」
「制裁……するの?」

 新谷は顔を曇らせる。彼は乱暴が得意じゃないから。
 ちがうよ、と否定してやれば、安堵したように笑みをこぼした。

「嘉山様にね、暫く手を出さないようにって言われたんだ」
「あ、ボクも〜。ボクは〜、夕べだけど〜」
「僕、も……陵様に」

 湊と新谷が言って、僕も他の皆も首をかしげる。
 湊は嘉山様方隊長だからともかく、陵様まで――? と。確かに陵様は転校生を気に入っているようだけど、新谷に釘をさす必要なんてないだろう。
 新谷率いる陵様親衛隊は、陵様の望まないことは絶対しないし、今までもしなかったのだから。陵様自身も、わかっているはずなのに。

「僕に言ったのは、総隊長だからだけど……」
「何で新谷も〜?」
「わからない……。あ、でも、僕らが何かすると思ってるわけじゃないって……」
「ますますわかんないな。だったら必要ないじゃないか」
「暫くは容認しておいて……って……。みさ――和昭様、期間限定だって強調するみたいだった」
「嘉山様も暫く、って言ってたね」

 湊が頷く。
 と言う事は何かを謀っているんだろう。協力しているかどうかは微妙だけど。

「真意がどうあれ、総隊長である僕に言って来たということは、皆のところにも及ぶことだよ。末端まで押さえ――」
「あぁ、分かっちゃった!」
「るの、は、たいへんだろうけどー……」

 やたら輝かしい顔で、知久は人の台詞を遮った。何でそんな楽しそうなんだろう。というかサディズムあふれる笑顔をしている。

「分かったってー、ひっちゃん、なにが? なにが分かっちゃったのー?」
「ふふふ……想像するだに羨ましいこと!」
「ってことは〜、ボクがされたら〜、うれしいこと〜?」
「どうだろ、マゾ心はくすぐられなさそうだけど」
「でも〜、知は羨ましいんだよね〜?」
「すごくね……! ああ、いいなあ……嘉山様も陵様も……僕もまぜてくれないかな……」

 とてもうっとりとした表情で、知久は羨んでいる。
 ……うん、それはいいから、話を続けさせてくれないかな……。
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