――追い出されてしまったものは仕方ないので、教室に向かう事にする。友紀はアシル先輩がどこかに連れてってしまったから、一人寂しく。

「良い日和だねえ」

 特別棟最上階から、眼下に広がる緑を眺める。教室に向かおうと思っていたが、どうにも気が乗らない。
 のんびり木々を眺めていると、階段の扉が開くのがきこえた。一般生徒の五階への進入を防ぐためのそれだから、開けられるのは顧問の聖か理事長たち、そして生徒会関係者だけだ。
 扉のほうに顔を向ければ、一年の生徒会補佐、望月が俺に気付いたところだった。多分鴻巣先輩が呼び出しなすったんだろう。はっきり言って望月は、俺と千影とアシル先輩以上に有能だから。天才の努力家になんて、適いやしないから、張り合う気も更々ないがね。
 望月は俺を目にするなり、赤い目を鬱陶しげに細めた。もう一人の一年補佐といい、先輩を敬おうって気持ちはないのかねえ。まあ、俺が仕事しないからだけども。

「望月だけかい」
「瑰奇は不在なので。仕事をなさらないなら授業に出ては如何です、伊能先輩」
「鴻巣先輩にも同じ事を言われたねえ。やはりお前さん方、似ていなさるよ……」
「それは光栄。しかし俺と会長の類似の問題ではなく、与えられた役職における責任を放棄なさる以上、言われて当然のことかと」

 生徒会役員の仕事をしないなら、学生の本分をまっとうしろってことだ。
 そんなこと言われても、気が乗らないのだから仕方ないのさ。

「望月だって、お前さん、圷もそうだが、あまり顔を出さないじゃあないか」
「俺達は与えられた仕事は期日までに片付けています。仕事をしない先輩と同類のように言われるのは、甚だ不快です」
「ま、そりゃあそうさな」

 鴻巣先輩や吉良並の美顔を、望月は腹立たしげにゆがめる。
 一年補佐達とは前から折り合いが悪かったけれど、友紀が来てからこっち、更に険悪になった気がする。まあ余計仕事をしなくなったのだから、不思議じゃない。
 自覚しながら改めないのは、やっぱりやる気にならないからだ。望月らのほうがうまく片付けるし、そっちのほうが効率もいい。
 全体、自分が生徒会に不要な人間とはわかっている。その点で、俺はアシル先輩とは違う。
 あの人は、自分が有能で、必要な存在だと思い込まないじゃあいられない。けれど多分それは彼の防衛本能だ。
 そうやって妄信してないと、心の平穏を保てない質なのだと思う。心のどこかでは、事実を理解しつつも。

「やれやれ……白水が役員のほうが、うまくいったろうに……」

 俺ではなく、白水のような有能が選出されるべきだった。というか、俺は白水が役員になると思っていたし、そう思ってたのは俺だけじゃないだろう。
 何で白水じゃないのか……と不思議に思っていたが、奴さんは美術部だ。しかも毎年、いくつも最優秀の賞を取るほどだから、学校側が時間を与えたんじゃないかと踏んでいる。生徒会に入っちゃあ、絵を描く暇がなかなか作れないだろうから。
 ま、事実はどうあれ……白水は役員にならなかったんだから、言っても詮方無いことだ。

「確かに白水先輩のほうが、会長の負担もなかったでしょう。副会長やあなたよりも、彼がどちらかの椅子に座るべきだった」
「うん」
「しかしご自分を卑下なさる前に、成すべきことがあるのでは?」
「ん……?」
「何故改善の努力をなさらない。何もせず諦め、動く前から無理と決め付け、そのくせ悲劇面をして――そう言うところが疎ましいンだよ、テメエ」
「は、」

 望月に本気で凄まれて、少し怯んだ。こいつは強面なほうだし、中等部の時は都内一と言われたチームのリーダーだったから、一般人には恐ろしい。

「し……かた、ないだろうよ、今更何したって」
「"今更"――そんな言葉を使えるほど足掻いたとでも言うのか」
「っ……足掻いたところで!」

 足掻いたところで何が変わる?!
 俺がどう足掻いても何も変わりはしない、能力も、環境も、愛されないことも!

「足掻いたって、どうせ認められやしない! 努力するだけ無駄なんだよ……ッ!」
「認められなくて当然だ。貴様は動いていないんだからな。結果も残さず努力の爪痕も残さず――それで認められようなど都合が良過ぎる。動く前から結果を決め付け、動くことすら怯懦するなら尚の事だ」
「お前に何がッ……」
「わかりたくもない」

 たまらず怒鳴りつけた俺を望月は冷えた目で見下ろして、横を通り過ぎていった。
 生徒会室の扉の開閉音を背後に、俺はただ立ち尽くす。
 ……望月に何がわかるんだ。
 何度も――今まで何度も、頑張ろうと思ったさ。
 けれどその度夢を見る。皆が俺を認める結果を、努力のすえに掴み取る夢。
 皆が俺を見直す中、家族だけは俺に見向きもしない悪夢を。
 たかが夢にひどく傷つくのに、現実でさえそうであったら?
 何をしても認められなかったら。愛されなかったら。

「傷つきたく、ないんだよ……俺は。もう、二度とさ……」




Side end.

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