愛にお眠り



Side:伊能誠吾

 ――父親は厳格だった。仕事には妥協せず、良質を追求する姿は、子供心に格好良かった。
 母親は淑やかで美しく、着物のよく似合う人だった。こっそり覗き見た舞踊は、今でも目に焼き付いている。
 兄は二人の性質をよくよく受け継いで、しなやかだが剛直な人だった。姉は父親によく似て、他人にも自分にも厳しい人だった。
 自慢の、とても愛しい家族だ。あの人たちの功績は、自分のことのように嬉しいし誇らしい。好きで好きでたまらない、大切な家族。
 ――たとえ俺に、愛など一片とて向けられることがないとしても。



「でな、そしたら母さんが――」

 ここは生徒会室。校内で理事長室に次いで豪華な部屋だ。まどろむような食後、広い室内に優太がパソコンのキーボードを叩く音と、鴻巣先輩が書類に判を押す音、そして俺と友紀とアシル先輩の談笑が響いている。
 シックを基調とした部屋の応接ソファに腰掛けて、俺は向いに座って家族の話をする友紀を眺める。分厚い眼鏡と野暮ったい黒髪の下にある顔は、多分楽しげなのだろう。
 友紀を暫く観察していてわかったことがある。この子は家族に、周囲にたくさん愛を注がれて育って来たらしい。嫌われるなんて発想はどこにも持っていない。愛されることが当たり前だからだ。
 確かに、友紀の朗らかさはとても好ましい。突き抜けて真直ぐで、曲がったことが大嫌いで、それが少し俺の家族を彷彿とさせるから、俺は友紀が好きだ。
 友紀の笑顔に飢えた心が暖まるのは、友紀に注がれた愛情のあたたかさゆえだろう。愛されて来た子の笑顔は、だから心に沁みる。寂しさを埋めてくれる。
 愛に育まれた子は羨ましい。俺が決して与えられることのないものだから。けれど見ていると安らいで、その片鱗が欲しくて俺は、色んな子を抱いている。友紀は彼らのなかで一等、穏やかになれる。彼らの誰よりも、愛に育まれたのだろう。

「良いご両親を持ちなすったんだねえ、友紀は」
「うーん、万年新婚なとこは、ちょっとうざいけどな」

 そう言って少しだけ苦笑する友紀は、けれども満更でもないのだろう。両親が仲睦まじいのは、嬉しい。俺にはそれがよくわかる。
 俺の両親も、まあバカップルとはいかないが、大変睦まじいから。その結果、俺(すえっこ)なんてのが生まれてしまったわけだけれど。

「これは、友紀のご両親に挨拶にいくのが楽しみだよ」
「挨拶?」
「友紀を幸せにします、ってねえ」
「なっ! からかうなよ」
「そうだよ、誠吾。友紀のご両親に挨拶に行くのは僕なんだから」
「アシルも違う!」

 何事にも全力投球の友紀は、俺達のたわごとにも――半分本気だったのだけど、勢いよく立ち上がって突っ込んだ。こんな他愛ないことさえ愛しいものにしてしまう友紀は、すごい御仁だとつくづく思う。
 ――ふいに、黙々と勤しんでいた優太と目が合った。優太は俺をきつくきつく睨み付ける。
 そんな、仇を見るような目で睨まれる覚えはない。まあ仕事はしちゃあないが。
 優太は俺から視線をずらすと、座り直して紅茶を飲む友紀の後頭部を俺を睨んだ以上のきつさで睨み付けた。優太も俺と同じだと思うんだが、さて……読み違いかね。

「誠吾?」
「ん……?」

 こてんと首を傾げる友紀にはっとする。

「どうしたんだよ、ぼけっとして」
「いや、何でもないよ。なに友紀はかわいいなあと思っててねえ」
「か、かわいくなんかねーよ!」

 すぐに噛み付いて来るもんだから、からかうのも楽しい。こんなタイプは、今まで周りにいなかったから。
 真直ぐで、権力に、財力に媚びたりしない純真な友紀。打てば響く反応は、きっと友紀にしか望めない。友人でセフレで俺の親衛隊長のアサトも近いけれど、あいつはボケ殺しだからよくない。
 友紀が俺を気にかけたのが不満らしいアシル先輩は、少しだけ口を尖らせた。

「誠吾みたいな下半身、気にすることはないよ友紀。どうせまたセフレのことでも考えていたんだろうから」
「せっ、セフっ……?! だ、ダメだダメだセフレなんて! 不誠実だっ」
「ううん、そうも言うなら友紀が矯正してくださるかい」
「ああ! 友達のためだもんな、協力するぜ!」
「友紀っ」
「ははははは、わかっていなさらんねえ。俺の下半身事情を矯正するってことは、友紀が俺の恋人になるってことだよ」
「なっ?!」

 言葉の裏を汲み取らず真直ぐに受け取った友紀は、俺の言にしどろもどろになった。そんな様も微笑ましい。

「友紀相手なら、この仕様のない持病も治りそうな気がするんだがねえ」

 にこにこしながら友紀にウインクすると、窮した友紀はがっくりうなだれた。

「ちょっと、誠吾。あまり友紀をからかわないで」

 アシル先輩が友紀の肩を実にさりげなく抱きながら俺を諫めた。……なかなか本気だったんだがねえ。
 やっぱり色んな子のベッドを使ってると、信用されにくいもんか。
 肩をすくめて非難をやりすごした時予鈴が鳴って、優太が席を立った。

「ゆーた?」

 声を掛けるが、優太はちらと俺を馬鹿にするように一瞥しただけで、生徒会室を出て行ってしまう。首を傾げていると鴻巣先輩が、

「てめえら、仕事しねえでダベってるだけなら出て行け。授業出ろ。激しく邪魔だ」

 苛々をだいぶん含んだ声音で、俺達を見ずに言ってきた。ああ、優太が出て行ったのは授業に出るためか。
 優太はよくもまあ真面目に出席してるもんだ。せっかく授業免除が特権にあるのだから、盛大に使わないじゃあ損だろうに。

「一瀬が出て行けば? 友紀は特権ないから、生徒会室にいさせないと公欠にならないし」
「……キレてもいいか」
「やだ」

 悪鬼の如し形相でアシル先輩を睨む鴻巣先輩に対し、目茶苦茶良い笑顔でアシル先輩は拒否をする。鴻巣先輩は目頭を押さえてどっぷりと、そりゃもう長々と溜め息を吐きなすった。

「ってか、いや、俺授業行くし! アシル何ナチュラルに俺をさぼらそうとしてんだよ!」
「つうかそもそもてめえは何で生徒会室に堂々と居座ってんだ少しは遠慮しろ畏れろ憚れ自重しろ。ああもう否も応も聞かん全員出、て、行、けッ!」

 ――若干目に隈を作った鴻巣先輩により、俺達は生徒会室から追い出された。部屋は防音で扉もしっかり閉まっているのに、

「無能共が!!!」

 という先輩の怒りと、何やら破壊音が廊下にまで聞こえてきたのだった……。
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