届いた夕飯を(友紀が)賑やかに食べはじめて暫く、食堂は突然黄色い悲鳴の嵐に包まれた。これは、多分生徒会だ。
 入り口のほうを見遣れば予想通り、やたらキラキラした副会長を筆頭に、会長と千影と伊能がこちらに向かってきていた。――え?
 まあ専用席への階段はこっちの方にあるしな、と自分を納得させていたが、楽し気な副会長は俺の期待を打ち砕き、友紀の肩に手を置いて耳に息を吹きかけた。

「うわっ?!」

 突然のことに友紀はびくりと肩を震わせて、悲鳴をあげた。そして犯人を振り返って、

「あ、アシルっ?!」
「やあ、友紀。こんばんは」

 なんと副会長を名前で呼び捨てにした。ああ友紀、どうしてお前は自分から面倒に突進していくんだ。
 もう食堂は洒落になんねーくらい負の感情が渦巻いている。ここは魔界か何かか。

「どうしたんですよ、アシル先輩。よりにもよって、そんな黒もさもさを好いてしまったんで?」
「誠吾には、友紀の良さはわからないよ」
「お言いなさるねえ」

 ちょっとウェーブがかった金髪のタレ目美形――会計の伊能誠吾が、副会長のとなりで肩をすくめた。伊能は見た目と口調のギャップがものすごい。
 伊能と、その後ろにいる会長の横でどっか見てる、ひょろ長い体躯をした金茶の髪のつり目美形、書記の千影優太は実はクラスメイトだったりする。伊能は滅多にいねえけど。今日は千影もいなかったんで、多分生徒会室に籠ってるかしてたんだろう。
 生徒会はその多忙さゆえ、授業免除の特権が与えられている。正しい使い道してんのなんて、千影くらいのような気がするが。

「なあ、アシル。そいつら誰?」
「ああ……。生徒会だよ、残りの」
「俺は会計の伊能誠吾。こっちのぴんくのボンボンつけたのは千影優太さ」

 伊能は千影が淡いピンクのボンボンがついたゴムでやや無理に括った右側の毛を指で弾いて笑う。千影はとても迷惑そうにイヤイヤした。
 千影は背が高い――っつうか体が長いのに、動作は可愛らしい。犬とかのペットに感じるようなそれだけど。

「へえ、そっか。俺は真山友紀って言うんだ。友紀でいいぜ。よろしくな、誠吾、優太!」

 にかっと笑った友紀に、伊能は目を丸くした。千影は既に我関せずでどっか見てる。そして急にしょぼんとした。お前ほんと何見てんの? 何か見えちゃいけないものでも見えてんの?
 会長の鴻巣一瀬もそんな千影に気付いたらしく、千影の見ていたほうをじっと見つめている。
 一体何が見えるんだと、俺もこっそり見てみたら、
(い、白水……)
 白水が会長と見つめあっていた。いや白水は思っきし会長訝しげに見てるけど。
 白水の隣りには鶫サマがいて、調理人の人と何か楽しげに話している。

「おや……、お前さん意外に明朗な御仁だねえ。こりゃあ、俺はもっと真面目に教室に行ったほうが良さそうだ」
「駄目だよ誠吾、友紀に興味持っちゃあ。僕のなんだから」
「はは、先輩が俺に、友紀に興味持たせるようなことをしなすったんじゃあありませんか」
「う……まあ、そうだけど」
「っ……?!」

 副会長が伊能に言い負かされたとほぼ同時に、会長が声なき悲鳴をあげた。
 ちょっ……千影、会長の足踏み付けてるし!
 なにすんだ、とばかりに会長は千影を睨み付けるが、千影は白水のほうを見てどこ吹く風だ。
 つーか白水と千影って仲良いのか?

「……えと、そっちのあんたは……?」

 友紀、その人は幻なので触れちゃいけません!
 と、素で言いかけた。
 だって会長に――殆どの生徒の憧憬やら恋慕やらを一身に集めている生徒会長サマに話しかけるなんてとんでもねえ自殺行為なんだぞ!
 会長の親衛隊は割と大人しいと言うが、それは表の奴等だ。影に隠れた裏親衛隊(表とは別組織)は、鶫サマの親衛隊と同じくらいにヤバい連中だと聞いている。
 表の奴らが大人しいのは、奴らが――正確には奴らの幹部「王佐」が、会長に心酔しているからだ。と言っても悪い意味じゃなく、憧憬の念を抱いて会長の助けになりたいという奴らだから。自ら問題を起こして会長を煩わせる真似はするはずがない。
 なんで、内部抗争でも起きて王佐が全員蹴落とされない限り、表に気を遣る必要もない。

「あ? あぁ……俺か」

 千影と地味に戦っていた会長は話しかけられると思ってなかったのか、一瞬自分のことだとわからなかったらしい。
 会長は特に友紀に興味を抱いた様子もなくぼんやりと、こげ茶の髪をかき上げている。会長が左耳にしてるチェーンピアスの、小さな銀のプレートが露になった。
 ……この人眠いんじゃないだろうか。

「あー……俺は会長の鴻巣一瀬だ。鴻巣様と呼べ」

 めんどくさそ……いや気怠げに言う会長に、友紀は何か気を悪くしたようだ。

「何様だよっ、あんた」
 俺もうおうちかえる。何でこの子いちいち噛み付くの? 何でほたるすぐ死んでしまうん?
 いや……思わず壊れたくなるほど、食堂の魔界っぷりが凄まじさを増したんだ。こんな状況にも関わらず、双子はのんびり飯食ってる。俺もその境地に行かせてくれ頼む。
 何権力者に喧嘩売ってんだこいつは。生徒会長が理事長に次ぐ権力者だって夕べ説明した気がするんだが俺の夢だったんだろうか。

「何様って、生徒会長様だが……」
「はぁ?!」
「先にいっとかねえと、勝手に名前呼ばれる気がしたんだよ」
「俺、そんなことしねえしッ」

 いやいやいや。いやいや、どの口で? どの口でそれ言ってんだ友紀。
 伊能も似た様なことを思ったのだろう、くつくつ笑っていやがる。笑い事とちげえ。

「友紀、こんな俺様は放っておきなよ。それより、僕と一瞬に食べよう」
「えー、でも俺もう食い終わるけど」
「上でデザートでもお食べな、友紀。出会えた記念に、俺がいくらでも食べさせてあげようねえ」
「駄目だよ、僕が食べさせる」
「おやおや、何も友紀は先輩のものじゃあありませんでしょう」
「僕が最初に見つけたんだから、友紀は僕のだよ。ね、友紀」
「っつか人を物扱いすんなよ!」

 関わるとろくなことになりそうにないので、俺ものそのそ飯を食う。千影はものすごく白水のほうにいきたそうだ。会長も何故かそっちを見ている。そして千影はまた会長の足を踏み付ける。会長と千影がにらみ合いを始めた。
 何このカオス。お客様の中に救世主様はいらっしゃいませんかー。
 気付かれないように小さく溜め息を吐いた――瞬間、阿鼻叫喚が食堂を包みこんだ。何事かと顔を上げてみたら、

「……うへぁ」

 副会長が友紀の唇をガッツリ奪っていた。これには流石の双子も、会長と千影も驚いたらしく、一切の動作を止めて目を丸くしている。
 かすかに聞こえる友紀のくぐもった声は、なんだかえろい、と思う。この状況で欲情なんかはしねえけど……。
 しかし下半身男と名高い伊能は違った様で、色をありありと含み舌なめずりをしていた。

「ぷはっ……は、な、なにすんだよ!」
「何って、キスだよ。昨日もしたじゃない、照れ屋さんだなぁ、友紀ってば」

 いやいや……こんな衆人環視の中であんなべっとりディープなキスされりゃ、誰でも怒るわ。
 というか昨日会ってんのかこいつら。あれか、案内か。
 出来れば副会長は黙ってて欲しかった。昨日もキスしたなんて暴露は、ガソリンの中に火を投げ入れるようなもんだ。

「へえ、良い聲を出しなさる……」
「ちょっ……誠吾ッ」
「んっ……!」

 エロ魔人伊能誠吾は何とも素早く、友紀にキスをした。それこそ友紀のそばにいた副会長が止めることもかなわなかったくらいの早業。何て無駄なスキルを身につけているんだ……。
 本日二度目の阿鼻叫喚に、俺は総てを投げ出して飯に集中した。友紀さんや、俺もう庇い切れないぜ……。
 伊能が散々楽しんでから友紀を解放した丁度そのとき、救世主は今頃になって現れた。

「この馬鹿共め。生徒会が率先して騒ぎ起こしてんじゃねえよ」

 白水たちのいるほうからやってきた、襟足に一本赤いエクステをつけた金髪の超絶美形――風紀委員長の吉良五瀬は、その翠の眸を不機嫌そうにすがめた。

「五瀬」
「お前何してんの? 生徒会長なら傍観してねえで、この馬鹿二人の首絞めるなり何なりしやがれよクソ一瀬」
「あー……ああ」
「もういいわ、寝ぼけ一瀬ほど役に立たねえもんはねえ」

 やっぱり眠かったのか、会長……。
 てかこの二人、何でこんな親しげなんだ? しかも同じチェーンピアスしてるし。……まさか恋び……やめよう。
 突然の乱入者を、副会長と伊能は面白くなさげに睨んでいる。この二人は、学園で唯一理事長と代理以外に生徒会に正面きって意見出来る風紀を疎んじているのだろう。千影も睨んではいるが、これは警戒してるだけらしい。

「あんた何?」

 友紀、せめて「誰」にしとこうぜ。

「友紀、こんな下衆のことを知る必要はないよ」
「そんな言い方ないだろ。えっと、ごめんな、アシルが」
「別に。それしか吼える言葉のねえ野郎の言なんざ、気にもならねえよ」
「……何だって?」

 吉良が軽く笑って言うなり、副会長は敵意も露に吉良を更にきつく睨みつける。声は友紀に話しかけるより数倍低い。
 反射的に噛み付く副会長を、吉良は揶揄するように笑って躱した。

「おっと、俺は騒ぎをデカくするために来たんじゃねえ。風紀委員長の職分を全うしにきたんだよ。もう一度言うぜ、生徒会が自ら騒ぎを起こすんじゃねえ」
「……ふん」
「龍鳳寺と伊能、てめえらはもう少し手前の立場と影響力を考えて行動しやがれ。俺らに文句を言われたくねえならな」
「ハイハイ、委員長サマ。ありがたいお言葉、胸に刻んでおきますよ」

 吉良の怒りを煽るように伊能は恭しく礼をしたが、反して吉良はそれを鼻で笑っただけだった。伊能の目が、苛立ったように細められる。
 ……副会長と伊能が風紀と仲悪いって噂はマジだったようだ。じゃあ伊能が何度も注意されてるって言うのも、マジネタかもしれない。伊能は場所にこだわらずヤるって話だしなあ。
 そのまま立ち去って行く吉良に何故か会長もついていって(飯食おうとか何とか誘いながら)、千影も食堂を出て行った。
 残った副会長と伊能が友紀を専用席まで連れて行く。引き摺られる友紀には誘われたが、二人に滅茶苦茶睨まれたんで双子とともに丁重に断った。それでも友紀は折れなかったので、焦れた副会長は友紀を横抱きにして、優雅に階段を上って行った。

「ついていくかと思った」

 双子の、榛の眸が俺を捉える。――何故か、ひやりとしたものが背筋を走った。

「……"龍鳳寺"を敵に回すなんて面倒なこと、したくねえんで」
「それなりに大きい家だもんね」
「あんたらこそ、引っ付いて行くと思ったんですケド」
「君とおんなじだよ、守川俊哉」
「立ち向かえないもんね、うちじゃあ」
「さてと。僕らももう帰ろう、和治」
「そうだね、和昭。……じゃあね、守川」

 双子が立ち去ってからも暫く、唐突な――恐怖のようなものを抱いた訳を探っていたが、どれだけ考えても、何も見つからなかった。
Side end.

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