Side-真山友紀

 芳春に特別棟を案内してもらった後、芳春の部活見に行かせてもらおうとしてたら、なんかすっげー冷たい関西弁話す人に何でか怒られた。サラツヤな長い黒髪が、何か余計その人を冷たく見せてた。
 その人が言ってるのはつまり「大声出すなうるせーよ」ってことなんだろうけど、俺そんなでかい声出してないし。何だよこの人。俺は騒いでないのに、俺のこと悪者にして! そもそもいきなり扇子ぶつけてくるなんて危なすぎる。何て人だ。
 ……まあ、芳春の部活見に行くの駄目って言われた時は、不満でつい大声出したけどさ! だから俺が悪いんじゃなくて、悪いんなら良いよって言わない芳春だろ!
 ……って言ったら、俺こそ芳春を一方的に悪者にしてるって非難された。俺はそんなつもりなかったから、指摘されて衝撃を受けた。ああほんとだ、って。
 芳春に嫌われたくなくて、掴んだ腕を離したくなくて、ギュッとしがみついたら、あの人に引き剥がされてしまった。そして、最初よりずっと冷たく「いね」って言われた。いね、って何だ? 稲とか? 稲がどうしたんだろう、いや多分稲じゃないよな……。
 でもきつく拒絶されたってことだけはわかった。……昼休み、鶫に怒鳴られたみたいに。
 せっかく和治と和昭が元気づけてくれたのに、この人のせいで思い出してしまった。鶫がすごく怒ってて、その怒りは俺に向けられてたこと。
 ――何で? 何で鶫、あんな怒ったんだよ。友達なのに、なんで芳春に触っちゃだめなんだ。俺が何したってんだよ!
 俺は何にもしてないのに、何で鶫もこの人も俺を怒るんだ! あんまりに理不尽で、涙が出そうになった。
 そこに丁度俊哉が来てくれたから、嬉しくて名前を呼ぼうとしたら――ものすっごい勢いで口を塞がれた。……ものすっごい痛かった。違う意味で泣くかと思った。
 俊哉は「ここで大声出すな」と焦ってたけど、だから何でだよ? てか俺大声なんて出してないし。
 すぐに俊哉は俺を小脇に抱えて(誘拐犯みたいだ)本館まで駆け抜けた。これで下ろしてもらえるかと思ったのも束の間、俊哉はそのまま寮までも走ったのだ。マジ驚いた。
 勢いよく部屋に飛び込んだ俊哉は、玄関で漸く俺を下ろした。玄関上がって、手ー洗ってうがいしてからリビングに行くと、三人掛けの白いソファの真ん中に俊哉が膝を抱えて座ってた。黒髪にたくさんある金メッシュが、いつもはまぶしく見えるのに、何だか陰っている気がする。
 俊哉は何か昼から様子がおかしい。どうしたんだろ。
 心配して聞いても、俺を見て遠い目するばかりだし。……何で教えてくれないんだろう。悩みなら相談したほうが楽になるんじゃないか?
 よし、何としても聞き出して、助けてやるんだ! 友達が悩んでるなんて一大事だからな!

「俊哉、何か悩みがあるならいってくれよ! 俺、精一杯力になるから」
「友紀……」

 俊哉は顔を上げて、眉を寄せた。聞く態勢に入るため、俊哉の隣に腰掛ける。

「……だったら白水と鶫サマに近付くのやめてくれよ」
「鶫……サマぁ?」

 どうしちゃったんだ、俊哉。昼前までは普通に嘉山って言ってたのに。

「あー……俺の親父な、鶫サマの父親の秘書で……つか俺ん家がそう言うもんなんだけど、それで俺も本当は鶫サマの秘書になるはずだったからな」
「今はちがうのか?」

 不思議に思って尋ねると、俊哉はなんだか泣きそうになった。

「……御役御免、になったから」
「何で?!」
「それがよくわかんねえ……ってンなこたぁどうでもいいんだよ! 友紀があの二人に近付かなきゃ俺は元気になるんだ」
「それこそ何でだよ! 俺と芳春と鶫は友達なんだぞ、そんなの納得できない」
「納得できるできないじゃねえ、金輪際関わるな。鶫サマはホントやべぇんだよ……」
「やばいって何だよ、親衛隊か? それなら俺気にしないし」

 俊哉の顔を覗き込むように見て聞いたら、俊哉は言い淀んだ。
 暫く迷ったふうに視線をさまよわせた後、

「……鶫サマは、とにかくやべぇんだ」
「だから、何でだってば」
「親衛隊ももちろんヤベェけど、鶫サマ本人が何よりヤベェ」

 さっきからヤバいヤバいばっかでちっとも説明になってねーじゃん。

「理事長たちの次に、逆鱗に触れちゃならねえ」
「……?」
「これ以上機嫌損ねる前に、白水と鶫サマからは一切手を引け」
「何で芳春も?」
「ソレ、名前呼びもやめろ。……鶫サマが一等大事にしてるからだよ。あんだけ派手に怒鳴られりゃわかんだろ」
「大事だからって、何で触っただけで」

 と言うと俊哉はどっぷり溜め息を吐いた。……なんだよっ!

「あいつらに何したか、考えてみろ」
「何したか……って、何もしてないし」
「し、て、ん、だ、よ! やめろって言われたのに名前呼び、相席の許可も取らねえで同じテーブルに座って、白水がくれるって言ってねえのにケーキ食った――見ろ目茶苦茶してんだろ!」
「だって友達は名前で呼びたいし、友達ならいちいち相席していいかなんて聞かなくてもいいだろうし、ケーキだって俺が聞いた後に切り取ってたし!」
「明らかに白水自分の口に運んでたろうが! おわッ」

 ソファに立ち上がったりするから、俊哉はバランスを崩して尻餅をついた。
 ソファから落ちなくてよかったな、って言ったら何故か睨まれた。初めて会った時も睨まれたけど、それ以上にきつい視線だ。なるほど、恥ずかしいんだな、俊哉。
 今度は倒れないようにか、俊哉はちゃんと床に立ってまたぷりぷり怒りだした。

「親しき仲にも礼儀ありって言うだろうが! いや親しくもなんともねえから益々もって礼儀ねえとか最ッ悪だろ!」
「親しいよ! 何てこと言うんだよ!」
「どっからどう見てもふたりして拒否拒否だろがァ! テメーの目玉はスーパーボールかゴルァ!」

 スーパーボールなんて知ってんのかよ俊哉!
 俺も負けじと立ち上がって、頭一つ分とちょっと上にある俊哉の顔をきりっと見上げる。

「それは俺が親衛隊に目ーつけらんない様にあんな態度とってるんだよ! 俊哉の目玉こそスーパーボールじゃん!」
「ンだとこのチビ!!! テメーにだきゃァ言われたくねえよッつかどんだけ盲目ポジティブなんだテメーは!」
「な、な、な、チビって言ったな?! 俊哉なんかノッポじゃねえか!」
「チビにチビっつって何が悪い!」
「チビなりに傷つくからだよ!! ハゲにハゲって、デブにデブって俊哉言えるのかよ!」
「あァ言ってやらァ何十回と言ってやンよ今すぐハゲ散らかしたピザなオッサン俺の目の前に持って来いチビ!!!」
「またチビって言った!!!! 俊哉の馬鹿!」
「馬鹿にゃ言われたくねえよって言ってんだろ!」
「なんだよ鶇に捨てられたくせに!」
「――っ……」

 それまで猛烈に反論してきてた俊哉は、顔を歪めて言葉に詰まった。勝った……!
 口では勝てた、という感慨に浸っていると、俊哉が力なくソファに座りこんだ。真っ白に燃え尽きたみたいな体勢だ。そんなに俺に口で負けたのが悔しいの?!
 ――あれ、俺、何て言って俊哉に勝ったんだろう。何かとてもひどいことを言った気がするけど、熱くなってて、何言ったか覚えてない。
 蒸し返すのも悪い気がして、とりあえず俺もソファに座る。そうだ、階段の人のこと知ってるかな。

「なあ、特別棟の階段にいた人誰か知ってるか?」
「……香道部長」

 俊哉は俺の顔を見もせずに沈んだ声で答えた。いくら悔しいからって、こっち向いてくれてもいいじゃん! むっとしたけど、ここで熱くなったら話が進まないと思ったので我慢する。

「なんて名前?」
「……三條先輩」
「さんじょー、なに?」
「知らねえ」

 芳春達なら知ってるかな。食堂で会えたら聞いてみよう。

「あの人ひどいんだ、いきなり俺に扇子投げてきて、俺が騒いでたみたいに言うんだぜ」
「騒いでたろ……」
「騒いでねーよ! 芳春が部活つれてってくれないっていうから、連れてって欲しくてお願いしてたけど」
「その声がでかかったんだろうよ」
「俺そんなデカい声出してない! ……ってか、何で騒いじゃだめなんだよ。部室があるのって四階だろ。っていうか、何でその部室があるからって騒いじゃ駄目なんだ」

 って聞くと、俊哉は「信じらんねえ」みたいな顔で俺を見て、あからさまに溜息を吐いた。……なんだよ!

「お前、芝居観に行って開演中喋るか?」
「観に行ったことねえし」

 母さんと父さんはしょちゅう二人で行ってるっぽいけど。俺も誘ってくれるんだけど、あの二人の万年新婚っぷりがちょっとうざいんで遠慮してる。

「ンじゃ、映画行ったとき、上映中喋るか」
「うん。だってダチと突っ込みながら見た方が楽しいし」

 俊哉はまた深い溜息を吐いて、立てた片膝に肘をついて俺を睨んだ。

「それがまわりに迷惑だって分かるか」
「何で迷惑?」
「はー……」
「何だよっ」
「お前な、近くでひそひそ話されてみろ、気が散るだろ」
「ひそひそ話ならいいじゃん。どうせ映画ならあとでDVDでるし」
「例えが悪かった。神社とか、寺とか参拝したとき自然と黙るもんだろ?」
「えー? でも正月とかめっちゃ騒がしいじゃん」

 また溜息ついて、俊哉は頭を振った。何か眉間もんでる。
 膝を抱えてソファに横たわった俊哉から、か細い声がした。

「もうやだ……胃が痛い……」
「何なんだってばさっきから!」
「どう説明すればいいんだどう喋ったら日本語通じるんだ……いや逃げるな俺、逃げちゃ駄目だ俺……」
「なー!」
「こいつ絶対史跡とか平気で荒らすよ墓石も削るよ落書きもするタイプだよ……」
「何言ってんだ、そんなことしないし!」
「そうだ……身近なことで例えないからいけなかったのか……よし頑張れ俺……!」

 なにごとか呟いて、最後の力を振り絞るように起き上がった俊哉は、何か涙目のような気がする。

「と、図書室は静かにするだろ……?!」
「え、それは、うん」

 だって本に集中してる時こそこそ話されると邪魔臭いしムカつくし。俺本読むのけっこー好きだし。
 震える声で言う俊哉に頷くと、俊哉は感極まったように目を潤ませた。……ええ?!

「良かった……良かった……! それと同じなんだよ、三道も書道も、つうか特別棟四階で活動してる部は、静かにするもんなんだよ。皆静かに静かに集中してるから、だから騒いじゃいけねえの。皆それを分かってるからあそこじゃ騒がねえの、香道部長も怒ったの、わかるか?!」
「えっと……取り敢えず特別棟の三階でも騒いじゃ駄目なんだよな」
「何で騒いじゃいけないかわかったか?!」
「ええと集中が切れちゃうから?」
「ああもうそれでいいや、兎に角もうあそこで騒ぐなよ!!!」
「う、うん」

 鬼気迫る勢いってこういう感じなんだな。俺の肩を掴んで揺さぶりそうな俊哉に気圧されて、つい頷いてしまった。
 でも騒いだつもりないのに騒いだって言われるのは納得いかねー……。

「何で芳春は部活見せてくれなかったんだろ……」
「友紀の声がでかいからだろ。すぐ声張るから、っつか名前!」
「じゃ、黙ってるって約束したら連れてってくれるかな!」
「……俺は、金輪際関わるなって、言ったよな?!」
「やだっ!」
「可愛く言っても駄目なもんは駄目だっての!!!」

 可愛く言ったおぼえねーよっ!
 ――ムキになってた、んだろう。俺も俊哉も。
 じゃなきゃ帰って来てから飯時までずっと口喧嘩なんてしてられないもんな……! あー腹減った!
Side end

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