入口あたりの奴がそれに気付くと、波紋が一気に広がり熱狂の渦が巻き起こる。

「きたきた、これぞ王道! この悲鳴の轟くこと、ライブ会場並だよねえ」
「っつって、ライブ行ったことねえだろてめえ」
「まっねー」

 女みてえな奴等は生徒会を見てキャアキャア言うのがココの常。生徒会の一人でも食堂に現れりゃこれだ。マジでうるせえ。
 しかも四人揃い踏みだから、今日は余計に。
 視線をその身に浴びながら、連中は真山に近付いていく。会長の鴻巣と書記の千影は龍鳳寺がそっち行くから仕方なく追ってる感甚だしいが。

「っつか、揃って来るって珍しいな」
「ふっふっふ……王道一大イベントだよ、いーちゃん! 編入試験を満点で合格した転校生を気にした生徒会は、更には腹黒副会長が気に入った様子を見て、そいつは何者だと皆で見にくるのさ!」
「明らかに鴻巣と駄犬は乗り気じゃねえようだが」
「もうつぐみん俺様なくせして生真面目努力家な鴻巣と、いーちゃんの飼い犬志望なちーちゃんに王道なんて求めないやい」

 龍鳳寺が真山の肩に手を置いて話しかけた瞬間、食堂から音という音が消えた。

「うわっ、あ、アシル?!」

 心底驚いたらしい真山の絶叫が響くなり、龍鳳寺信者どもが反射的に真山への悪意を膨らませた。

「悪口アンサンブルってかんじだねえ。はは、もっと煽るがいいよ」
「これだけで親衛隊を調教しきれてねえっつうようなもんなのに、龍鳳寺はよく俺らに親衛隊のことで嫌味言えるもんだな」

 多少不平が出るのは人の感情として仕方がねえと思うが、これは意図して煽ってるわけでもねえのに激しすぎる。

「だってあいつ、自分は出来てるって思ってるもん。……出来のいい兄の模倣しか出来ねえ欠陥品風情が、滑稽なことだよねえ」

 嘉山調べだが、龍鳳寺の兄もここの副会長だったらしい。仕事も出来て頭も切れて、仲間のフォローも滅法上手い、そりゃあもう逸材すぎる逸材だったとか。
 それに引き替え龍鳳寺は顔が良いだけ、勉強そこそこ出来るだけの騾驢(らろ)だという。生徒会に入れたのはその顔と兄を模倣した人柄のおかげだろう。
 まあ、ふたを開けてみりゃあ仕事の上手くねえ虚器野郎だったわけだが。

「つぐみん悪人面してんぞーう」

 これ以上ないってほど龍鳳寺を見下して嘲笑していた嘉山に突っ込む勇者があらわれた。

「あ、沢木さんだー。今日寮の方来てたんだ」
「今週は俺は夜いるぜ。……ほらよ、おまちどう」
「食堂が一気に大衆食堂になった!」

 調理人姿のまま俺らのオーダーを運んできた、爽やかそうなこの人が件の沢木サンだ。昼に校舎の方に詰めてる食堂職員は、そのまま夜に寮の食堂で仕事することもある。でも何でシェフしてるはずのこの人が運んで来るんだ。丁度いいっちゃ丁度いいが。
 注文した料理がテーブルに並べられたところで、ケーキのことを詫びようと口を開いた。

「沢木サン、昼はすみませんでした」
「え、何が? ……ああ、ケーキな。気にすんなよ。つぐみんが派手に騒いでたのくらい知ってるから。うまかったか?」
「はい」
「そりゃよかった。……しっかしまたえらい騒ぎだな」

 騒ぎの中心を見て、沢木サンは苦笑する。その苦笑さえ様になるという好青年ぶりは一体……。
 頼んだ担々麺を冷まそうと奮闘していた嘉山が、あ、と声を上げて沢木サンを仰ぐ。……嘉山は猫舌じゃないが、麺類は冷めかけなのが良いらしい。理解が出来ない。

「ねーねー沢木さーん。代理が来た時もこんな感じだったー?」
「ん? ……いや志お……代理の時は全然だな」
「え、何で? 変装してたって聞いたけど」
「……つぐみん。ガーゼの眼帯で右目隠しただけなのを、変装って言うと思うか?」
「……思いますん」
「だろ……。でもあいつ、それでバレないって思ってたんだぜ……。そして当時の生徒会長は気付かなかったんだぜ……」
「ねえ代理って天然? 天然なの?」
「オフの時は清々しいくらいにな! ……あと葵も……」
「て、天然主従……だと……」

 ふいに千影と目が合った。……あいつ俺のことガン見してやがる。やめろ真山に気付かれるだろうが。
 よせ、と言うように睨めば、みるみるしょげて俺から視線を外した。さっきまでピンと立っていた犬の耳が垂れている……ような気がした。もちろん幻視だ。
 よそ見してたらいきなりしょぼくれた千影を変に思ったのか、鴻巣は千影の視線の先を追って、俺を捉えた。畜生、あの駄犬。
 鴻巣は千影と同じく俺を注視している。龍鳳寺と会計の伊能が真山に絡んでるのもおかまいなしだ。鴻巣が俺を見ていることに気付いた千影が、なんと鴻巣の足を踏んだ。
 ほめて、みたいな目でこっちを見てきたので、目をそらした。こっちみんな。

「おっと、あんまり長居すると叱られちまうや。じゃあ、ゆっくりしてけよー」
「はーい」
「どうも」

 軽く手を振って厨房に戻っていく沢木サンを少し見送って、漸く飯に手をつける。
 それと同時に食堂に絶叫の嵐が発生したが、一々構うのも面倒くせえからスルーした。嘉山曰く、龍鳳寺が真山にキスしたらしい。がっつりと。んで、伊能も張り合うように真山にキスしたとか。あいつら馬鹿か。

「ね、いーちゃん。ちーちゃんこっち来たそうだよ。そして何で鴻巣までいーちゃん見てんだろうね」
「知るか放っとけ。来させたらウゼエのまで来るだろうが」
「どっち?」
「両方」

 無論真山と龍鳳寺だ。俺らを見つけたら真山はこっちに避難してくるだろうし、龍鳳寺はそれを追ってこっちに来るだろう。んで俺らに因縁つけてくるに決まってる。
 今は更に伊能が追加されるだろうから、余計鬱陶しいことになるに違いない。何が抱かせろだふざけんな死ね。
 伊能は見た目の通り軽薄が過ぎて、野郎の親衛隊は野郎のセフレの集まりになっている。伊能とヤりてえなら親衛隊入れ、なんて不文律があるって噂だ。

「今んとこ伊能方は静観だろうねえ。真山が親衛隊に入るならまァ良し、入らないなら――ってとこかな。伊能方は制裁らしい制裁しないけど」

 その制裁にしたって、下が納得しないから……という理由でのことだけれど、と嘉山は水をあおぐ。

「入ったところで、龍鳳寺に目をかけてもらいながら――と龍鳳寺方から何がしかあるだろうな。伊能方だって真山を快く思ってはねえはずだ。俺らに引っ付いてきて、守川と親しく、双子も――余人が思惑を知らんにせよ傍にある。隊員に粛清在れど制裁無用……は通らねえだろう」
「どう動いても行き止まり、だねー。伊能方には俺やいーちゃんとこと掛け持ちしてるのいるしぃ。龍鳳寺方にいた奴は何人か籠絡済みだし、良い駒になってくれそう」

 龍鳳寺方と俺らの親衛隊は、あまり仲が良くない。龍鳳寺が俺らを敵対視しているからだろう。
 どちらも良い、といってる奴はどちらか選ばざるを得ない。龍鳳寺方で俺らのとの掛け持ちが許されていないからだ。
 隊員同士に微妙な空気があるだけで、龍鳳寺方の奴が俺らを嫌ってる訳じゃないとは言え、よく籠絡なんて出来たもんだ。

「ちょろいよー。親衛隊はみんな、美形とキケンな香りには弱いもん」
「お前のはキケンじゃなくてイカレた空気だろ」
「似たり寄ったりだって。……いーちゃんも、すきでしょ?」

 嘉山は俺の肩を抱いて、耳朶に低い声で囁いた。近くで食ってた嘉山の親衛隊員が俺を羨ましそうに見てくる。
 ……何だこいつは。真っ最中でもねえのにンなことされてもどうともねえよ。馬鹿か。

「もう完璧冷めてんじゃねえの? つか麺延びてエラいことになってんぞ」
「うわああああ俺の晩ご飯があああ」

 ……馬鹿だ、絶対。いや今更か……。つーか俺の飯も冷めてんだけど。

「っぐ?!」
「よォ、白水芳春」

 溜め息ひとつの後に食事を再開しようとオムライスを抉るや、背中に何かのしかかってきた。さっき嘉山がしたみてえに、耳元で色気たっぷり含んだ聲を出しやがった。……っ気色悪!
 そいつは騒ぎかけた周囲の生徒に「Sh!」と人差し指を唇に当てて言ったようだ。人の肩に肘乗せんな痛ぇよ。つうか誰だこいつ!?

「……吉良五瀬……」

 俺と同じく驚いていた嘉山は我に返ると、低く唸るような聲でそいつの名を呼ぶ。
 吉良……って2Fにいる風紀委員長か。何でこいつが俺の背中にへばりついてんだよ。小六ン時クラス同じだっただけだろ。

「よう、変人。相変わらず白水依存症かァ?」
「何芳春に触ってんだよ、テメエ」
「いいじゃねえか、充電くらいさせろよ。これから面倒な騒ぎ静めに行くンだからよ」

 そう言って吉良は俺の首筋に顔を埋め、

「ッい……」
「エロい聲……」

 てめえもな!!!
 喉で笑いながら俺から離れて、吉良は真山達のほうへ向かってった。
 ……この学校、金髪率高過ぎだと思う。ただ吉良は、去り際に見えた胸元まで在る一本の赤――カーマインのエクステが、ひどく印象的だった。良きにしろ、悪しきにしろ。
 っつうか何だ、何なんだ。何で吉良にキスマーク付けらんなきゃなんねーんだ。
 痕をつけられただろう首の右側を手で覆う。痕なんて、嘉山にもつけさせなかった。支配されることの片鱗――そのような気がしていたから。
 にしても千影がこっち見てなくて助かった。見てたら絶対なりふり構わず来るだろうし。

「いーちゃんってサァ」

 必死に怒りを抑えているような顔で、声で、嘉山はにわかに言った。

「けっこー、ネコにも見られてんだよね」
「……言うなよ……」

 人目も憚らず項垂れた。薄々気付きつつも、考えないようにしてたんだよ……。そんなもん嘉山だけで手に余るっての……。

「ッあークソ、三條以上に必死こいて牽制してたってのに……! 全部台無しじゃん! っつうか牽制されてるフリかよ今までのッ! くっそ今度からきらりんって呼んでやる……」

 牽制云々がどう言う事かは兎も角、ひでえ綽名だ。
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