あの森はおまえを食うぞ



 妙に不機嫌な嘉山を引き連れ寮の食堂へ行くと、不穏な空気が混じっていた。どうやらすでに真山と守川が来ているらしい。
 生徒はそっちに注目しているので、入ってきた俺達には気付かない。気付いたとしても嘉山の機嫌の悪さに、騒ぐことも憚る。真山には望めない反応だ。
 嘉山の希望で食堂の入り口からは離れている中二階――生徒会と風紀幹部専用席の下あたりに座る真山達を観察出来る席を"譲ってもらった"。中距離程度の右斜め前が、真山達。
 嘉山がこちらに向けている真山の背中を見られる方に座ったんで、俺はその向かいに座ろうとしたら、隣に座らされた。
 それで真山達を嫌でも視界に入れる羽目になったんだが――道理で生徒が奴らを見てる訳だ。
 陵の双子が真山に親し気に絡んでやがる。待てば待つほど効果があるってのは、そういうことか……。
 視線を感じたんで左隣りを見てみれば、嘉山がじとりと俺を見ていた。

「何」
「んー? ……せっかく俺、三條のこと近づけないように頑張ってたのになって思って」

 左手で頬杖をつき、右腕を背もたれにかけ正面を俺に向けた嘉山は、唇をへの字に曲げた。
 放課後のことをその夜にはすでに知っている嘉山に少しばかり目をみはる。随分耳が早えな、おい。
 態勢を戻しメニューパネルを取る嘉山は、俺の瞠目に返答した。

「化学部の近くで言い争ったでしょ。そっから噂になってんの。三條といーちゃんが言い争ってたって」
「に、したって早ぇだろ……」
「みんなシゲキに貪欲なんだよー。しょっちゅう外へ行くには立地条件最悪だから、銀蘭は。退屈は人を殺すって、良く言うし? ……俺は三條の自己満足にいーちゃんを使われたくないから遠ざけてたのに、ホント真山はロクなこと引き起こさねえな……」

 左隣に陵(多分弟の方)を侍らす真山を、嘉山は憎悪にも似た目で睨みつけた。
 ……つか、真山を案内したことも知ってんのか。流石というべきなんだろうか。
 真山の向かいに座る守川を何となく見遣ると、奴は少し疲れたような面持ちをしていた。陵の向かいの陵(多分兄の方)はそんな守川にきょとんとしている。あの後どうして特別棟三階で騒いではいけないかを懇々と説いたのであれば、あの疲れようにも頷ける。
 陵を睨んでねえのは、多分奴ら――いや奴の親衛隊が制裁などを一切行わないからだろう。危険ではないから、警戒する必要もないと。
 ……テメエの目の前にいるその双子本人が周囲よりよっぽど危険だよ。と思えども真山の業なのだから教えるつもりは毛頭ない。

「双子も手懐けたの、あいつ? 変だなぁ、陵が見分けられて懐くなんてありえなさそうなんだけど」
「……懐いたわけじゃねえらしい」

 感慨もなく言った嘉山の言葉を肯定した。嘉山は眉を顰め、首を少し傾ける。

「あの双子もあの双子で、歪んでるんだろうよ」
「ふーん……。いーちゃんもしかして、陵と接触したの?」
「ああ」

 どうせ嘉山にも接触するんだろうから、言っても差し支えねえだろう。

「この学校ってほんと王道なくせに王道キャストが非王道だよねー。ワンコ書記と遊び人会計もいいけど、双子役員も捨てがたいつぐみんなのです」
「意味わかんね。何語?」
「腐語! いーちゃん何食べる? 奢ったげるぅ」
「あー……」

 米食いてえな……。

「ジャンバラヤ」
「って辛いじゃん。ここはいーちゃんオムライス頼むべきだよはい決まり! いーちゃんの晩ご飯はオムライスシチューとイチゴパフェです」
「てめっ!」
「いいじゃないオムライスってもとろふわ卵にビーフシチューだし! 子供っぽくないもん!」

 何食いたいか聞いてきた意味がねえ! しっかりデザートつけたのは褒めるに値するが。
 決めるなり注文してしまった嘉山はえらく満足げだ。鼻歌を歌いそうな上機嫌で、パネルをテーブルの端に戻している。
 ……まあ機嫌直したならいいか。

「ねーいーちゃん、今日一緒寝よー」
「あ? ざけんな」

 何でわざわざ野郎と寝なきゃなんねえんだ。ヤった後そのまま落ちるのはともかく。

「ふざけてないよ。いーちゃんの寝顔を視姦す……いーちゃんがうなされたら起こすためだよ」
「……」
「そんな蔑んだ目はどっかのドMに向けて。……いやいやふざけてなくてマジで、今日絶対うなされるでしょ、芳春」
「知るか」
「うなされるって。だってあのこと掘り返されちゃったし」
「チッ……」

 嘉山の言うとおりだ。外からの干渉でアレを思い出すと、俺は必ずアレの夢を見る。酷い時には、何故俺だけが生き残ったのかと、両親のような影に責められることもある。
 自発的に思い出すなら、何と言うこともねえんだが。

「いーちゃんってさ、ドリームなハウスと刺青のトップレス幽霊が実在したら、絶対煤になっちゃうよね」
「は?」
「フィクションでよかったー」

 自己完結。説明する気は端からねえらしい。独り言のようだ。
 ――あ、生徒会来た。
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