四限が終わるなり速攻で教室を出た俺と嘉山は、食堂の入口からは死角になる席に陣取った。無論真山対策だ。

「ほんっと何なのアレ。皆に好かれなきゃ嫌とか何なの馬鹿なの死ぬの」

 早口でまくし立てる嘉山はパネルを雑に操作して昼食を注文する。どうやら自棄食いするらしい。気持ちはわからないでもない。
 ――守川に釘を刺されたにも関わらず、真山はしつこく俺達に近付こうとする。その度守川が引きずっていったが、必ず俺らを睨んでいくから目茶苦茶うぜえ。
 俺も日替わりのセットを注文して、運ばれてくるのを待つ。競歩でもしてんのかという速度で食堂に来たから、まだ人は多くない。だし、すぐに来るだろう。

「もう赤いバッテンついたマスクさせろよ誰か」
「発言禁止か」
「うん」

 持ってきた水を、嘉山は一気に呷る。
 ――正直意外だ。真山がどんな人間であれ、余裕綽々で罠を仕掛け親衛隊を煽り着々と壊していくと思っていたから。
 漸く一息つけた風の嘉山をじっと見ていると、視線に気付いた嘉山は苦笑をした。

「俺、いーちゃんが思うほど余裕キャラじゃないのよね」

 何かのキャラの口調を真似るような感じで、おどけて言った。

「今までは雑魚ばっかだったから余裕でいれたけど、真山はだめ。素でイラつくし、ほっとくと芳春が一番触れて欲しくないものに触るだろうし」
「……俺は別に」
「つぐみんが嫌なんですぅー。だってあいつがあのこと知ったら、今以上に無意識の優越を抱くでしょ。そんでいーちゃんのこと慰めようとか分不相応なこと考えてまとわりついてくるって。いーちゃんヤでしょ、それ」
「……ああ」
「だからさっさとどうにかしなきゃって……俺結構焦ってんの」

 うんざりしたように嘉山は椅子に凭れかかって、デカい溜め息を吐いた。
 ――あのことには。出来れば俺も触れたくない。あの一面の赤には。
 嘉山がこうも焦れるのは、俺があのことを忌避する傾向にあるのを理解しているからだろう。
 会話が途切れると、見計らったようにウェイターが料理を運んできた。いつもの通り目礼――しかけてふと気付く。

「これは?」

 日替わりのセットの隣には、シンプルなショートケーキが鎮座している。俺は頼んだ覚えがない。
 嘉山も首を傾げたのでウェイターに尋ねると、その美男は爽やかに微笑んだ。

「色々と面倒を背負っていらっしゃるようですので。――沢木(さわぎ)からの気持ちです」
「沢木――代理の知人の?」
「左様でございます。……苺を乗せたのは、私ですけれど」

 美男のウェイターは少し面映ゆそうに言って、優雅に一礼してから去っていった。
 沢木、というのは食堂のシェフで、数少ない常識人の一人だ。顔は良いが庶民出だということで、ここの連中はあまり興味を示さない。代理は銀蘭に転入する前チームに入っていて、その溜まり場であるバーで沢木サンと出会ったらしい。……これは代理が俺らを沢木サンと引き合わせた時に聞いた話だ。嘉山は「代理が王道転校生……っ」と悶えていた。キモかった。
 それはさておき、

「美形ウェイター×いーちゃん……っ萌える! 沢木さんとウェイターがいーちゃんを争うんですね、わかります!」

 ……二発くらい蹴っても許されるよな。

「ま……まさかの二連発……豚は死ぬの……?」

 脛を蹴って足にかかとを落としてやった。ぷるぷる震えて脛をさする嘉山に、俺は何してんだとばかりに声を掛ける。

「さっさと食えよ、不味くなるだろ」
「ああ真山来ちゃうもんね」

 それもあるが冷めちまうだろ。
 ぱっと切り換えた嘉山は生姜焼きに手を付けた。……つうか自棄食いするにしても生姜焼き定食にチーズハンバーグと炒飯ってどういう頼み方だ。
 俺もさっさと飯を片付けて、沢木サンの気遣いを口に運ぶ。甘すぎず、かと言って甘くなさすぎない俺好みの味をしている。
 ――俺が実は甘党なのだと、結構な範囲に広まっているらしい。俺の親衛隊は更に、俺の庶民商品好きを知っている。何か差し入れをしてくる時には、必ずスーパーとかで売ってるような菓子を持って来るので割と有り難い。
 何を隠そう、寮のコンビニに庶民商品のコーナーを設けさせたのは俺だ。誰が買わんでも俺が買うと理事長に嘆願書を出し続けたら作って貰えた。あの頃俺は餓えていた。
 ……。見返りに馬車馬の如くこき使われたがな!(無論嘉山を巻込んだ)
 ものほしげに見てくる嘉山に、ケーキを一口分けてやった時、食堂が俄かにざわめいた。

「……あちゃあ」
「みつかんねえだろ、ここは」

 ざわめきは一瞬で悪意に姿を変えた。今学園でそうまで嫌われているのは真山しかいない。つまり、奴が来てしまったのだ。
 だが俺達がいるのは入口から死角になっている、わざわざ見つからないよう選んだ席だ。呑気に嘉山にケーキをもう一口与えた。

「あっ、鶫! 芳春!」
「ッチ……」

 ……守川を引き連れた真山が、嬉々として駆け寄ってきた。危うくうぜえと言いかけたのを舌打ちで何とか我慢した。誰か褒めたたえろマジで。
 相席してもいいかと聞きもせず、真山は事もあろうに俺のとなりに座った。うぜえな睨んでくんじゃねえよ守川。

「何で先に行っちゃうんだよ、せっかく一緒に飯しようと思ったのに」
「……転校生クンさ、友達気取りマジ止めてよ」

 表情もなく言い放つ嘉山に、仕方なしに隣に座った守川が青ざめた。守川は、学園で理事長と代理の次に敵に回してはいけないのが嘉山だと知っている。それを――漸く思い出したのだろう。元は嘉山の従者になるはずだったのが、嘆かわしい事だ。
 御役御免にしたのは嘉山で、しかもその理由が「萌えないから」じゃ、いっそ哀れだけどな……。以来すっかりひねくれて、守川は嘉山の一番の被害者だろう。
 ……おいさっきの狼の話、諸悪の根源は嘉山じゃねえか。懐いてた相手に「俺じゃ萌えないからお前いらない」とか言われりゃお前……。

「そんな態度しても無駄だぜ! 言っただろ、俺は親衛隊なんて気にしないって。だからさ、俺の事は突っ撥ねないでいいんだよ」
「ゆ、友紀ッ」

 顔色をなくした守川が真山を止めようとするが、真山は守川なんぞ眼中にも入れず俺に絡んでくる。
 嘉山の顔を見た守川は必死で別の席に連れて行こうと奮闘せども、この馬鹿は聞きもしない。誰か真山にシマウマの視野を与えろ。そしたら嫌でも嘉山の恐怖の無表情に気付くだろ。

「あれ、芳春ケーキ食うんだ。何か意外だな。な、一口ちょーだい」

 うわキモい。上目遣いで首傾げんな。
 別に俺はホモフォーブじゃねえが、真山はキモい。
 俺が与える気もなく口に運ぼうとすると、真山は俺の手を掴んで、フォークに刺さったケーキを奪った。
 途端阿鼻叫喚に包まれる食堂。他の親衛隊と掛け持ちしていない俺んとこの親衛隊幹部も、流石にこれは我慢できなかったようで、隣のテーブルで悲鳴をあげている。ああ幹部の一人が気を無くした。

「うーん、ちょっとこれ甘すぎじゃね?」

 強奪の挙げ句のこの物言いにキレたのか、嘉山が荒く立ち上がり俺の手を掴む真山の手を強引にひっぺがした。
 守川は頭を抱えて泣きそうになっている。「終わった、俺終わった……」とか何とか、悲鳴の合間に涙声が聞こえてくる。

「痛っ――な、なにすんだよ鶫っ」
「芳春に触んじゃねえよ!」

 その、一喝に。
 だだっ広い食堂全体に響くような怒声に、誰もが静まり動きを止めた。
 あからさまな怒り――本気のそれを目にするのは俺とて久方振りのことだったので、思わず嘉山を注視する。
 どんなに鈍い奴でも、これが怒りであり拒絶であることは瞭然だろう。現に真山の、その簾のような前髪の隙間から覗く双眸は、戸惑いと悲愴にあふれていた。

「――行こう、芳春」
「っ待――っ」

 真山の手を引き剥がした時とは逆に、そうと嘉山は俺の手を掴んで引き立てる。
 取り縋ろうとした真山は、守川が押さえたようだ。それでも待ってくれと喚く真山の声に、振り返りはしない。
 教室へ戻るのにわざと遠回りをして人目を避ける。その途中の特別棟四階で、嘉山は漸く俺の手を放し、足を止めた。四階は茶道やら書道やらの日本文化部のためにあるようなものだから、昼休みに人はいない。

「……ごめんね」
「何が」

 物音ひとつしない廊下に、俺達の声が響いて溶ける。
 嘉山は少し苦笑した。

「ケーキ。半分しか食べてないのに引っ張って来ちゃって」
「……それは俺じゃなく沢木サンとあのウェイターに言ってやれ。確かに勿体ねえけどよ」
「うん、明日会えたら言う。……いや真山との間接ちゅーに耐えられなくって……」

 そういやそうだ。俺の使ってたフォークでも、あの直前に嘉山に一口やったから、どちらかと言えば嘉山と真山の間接キスだわな。

「でもいーちゃんとのでもあるわけじゃない。……したら、こう、ボルテージが一気に上がってさあ……俺のせかいを汚させてなるものかって」
「……そうか」
「いーちゃん、キスしていい?」

 嘉山は返答も聞かず俺を壁にやんわり押し付けて、キスしてきた。聞く意味あったのかこの野郎。
 噛み付くようなそれは次第に色を帯び、嘉山は僅かな情欲を誘うかのように舌を突っ込んで来、俺の口内を犯す。
 ――恋愛ではない。嘉山の俺に対する感情は、そんな泡沫の心ではないのだ。
 俺は嘉山の"せかい"だ。希望とも光とも言い換えられて、その形は嘉山次第で移ろう。
 これはただ、嘉山にとって森林の中を歩くような行為。俺と寝るのも、嘉山には大地に寝転ぶようなもの。
 嘉山の俺への感情にある愛は、例えば地球に対するものと同じだ。それに友愛と、家族愛が付加されている。
 ……ところで以前、嘉山は俺に内包されていると言えるのに、俺が下なのはおかしくないかと訊ねたら、「世界を愛してるんだからおかしくないよ!」と妙に良い笑顔で答えられた。お前自分がネコになんのが嫌なだけじゃねえか。いや俺も好んで嘉山を抱きたかねえけど。

「ねー、香道室でヤっちゃう?」
「……お前香道部長に何か恨みでもあんの?」

 しかしよりにもよってそこは、バレたら殺されるんじゃないだろうか。
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