煩わせるな




 前の席で頭を揺らす嘉山は王道展開に歓喜しながらも、その実かなり苛立っているようだった。
 ――真山友紀の席が、俺のとなりだからだろう。廊下側二列目真ん中の隣。更に窓際一番後ろの守川が、俺にあからさまな敵意(というか警戒というか)を向けて来るから余計なのだ。一匹狼だなどと言われている守川を、真山は手懐けたらしい。

「よろしくな、芳春!」
(うっぜえ……)

 席に着いた真山は、俺がわざわざ左手で頬杖ついて右方に顔をやって「興味ありません」「近寄るな」と体現しているというのに、またも名前を勝手に呼んで馴々しく話しかけてきた。
 周りは俺が関わるまいとしているのが態度から分かっているので、空気を読まない真山に対する嫌悪を募らせる。クラスの女みてえな連中は大半俺の信者なので(一部は嘉山や生徒会信者でもあるが)、そいつらは尚のことだった。オタクが気安く話しかけてんじゃねえよ、とすぐにでも詰りたいだろうに、俺の言付けを忠実に守っている。
 真山が教室に入って来た時、昨日の昼に真山が俺に気安かったことに誰も触れなかったのもそれだ。
 俺が真山に拒絶の言葉を投げ付けていないから、喚かない。嘉山に馴々しかったり、龍鳳寺と一緒にいたってことへの罵倒はもちろんあったが。
 真山を無視したので守川と担任から睨まれたが、どうでもいいのでこれも無視。真山は俺を口数の少ない奴だと思ってるようだから、無視されたとは気付いていない。
 ……いや、そこは気付け。と脳内で突っ込んでいるうちに担任は教室を去っていた。

「いーちゃんっ!」
「あ?」

 唐突に嘉山が、大声で俺を呼ぶ。後ろ振り向くだけの距離でなんでンな大声なんだと眉を顰めたが、隣の真山が俺に話しかけようとしていたらしい。
 腐れ蜜柑にしちゃあ上出来だ、とアイコンタクトをすると、へらりと嬉し気に笑った。

「今度はねえ、愛憎劇なんてどうかなと、つぐみん思ってるんだけど」

 一瞬何のことかと思ったが、多分パソコンのソフトに歌わせる曲のことだ。BLな曲を書いては歌わせ、それを動画サイトに公開している。
 その動画の背景に使う絵を、嘉山は毎回俺に描かせるのだ。おかげで男同士の絡み絵をすんなり描けるようになっちまった。クソ蜜柑め。俺は風景画のほうが好きなのに。
 ……愛憎劇、か。

「却下」
「うーん、だよねえ。ドロドロ愛憎はねえ」

 否定を予測していたのだろう、嘉山は特にこだわりなく案を捨てた。
 小声で、赤くなっちゃうからね……と言う台詞を吐いて。
 分かってんなら言うな腐れ蜜柑め。

「なあっ、芳春、鶫」
「友紀」
「俊哉?」

 阻まれても諦めず真山が声をかけてきた。無視だ無視、と実行する前に、守川俊哉が真山の肩を掴んで気を逸らさせた。周囲からは真山に対する非難の視線が突き刺さっている。嘉山を呼び捨てにしたのもそうだが、一匹狼の守川と親しげだからだ。あいつも美形だから、小規模ながらに親衛隊がある。
 守川は俺と嘉山を睨み付けてから、真山を自分の席まで引っ張っていった。

「何だよ! 俺は芳春達と話したいのに!」

 肩に体重をかけられ守川の椅子に押さえ付けられている真山が、迷惑極まりないことを叫んでいる。
 守川は真山を宥めて何か言ったが、すぐに真山が納得できないだの何だの喚いたのを見るに、俺らに近付かないよう言い含めていたのだろう。無駄な努力ご苦労なこった。

「……むかしむかし、孤高の不良として崇められている狼さんは、誰も自分と対等に接してくれないと思い込み、自分の殻に閉じこもって狭い視野を更に狭くしていました」

 何だ唐突に。狼って守川か?
 傷んだ髪をくりくり弄りながら、嘉山は突然童話の読み聞かせみたいなことを語り出した。

「ところがある日突然、殻を破ったうさぎさんが現れたのです。狼さんは唯一対等に接してくれたうさぎさんに心を許し、殻から出てきました」

 兎は真山のことだろう。……兎のほうが万倍可愛げあると思うがな。

「恩返しに弱いうさぎさんを野獣達から守ろうと決意して、狼さんはいつも威嚇ばかりです。……んー、飽きたから中略」

 早ぇよ飽きんの。

「さて、対等な相手がいないのは、本当に周りがいけなかったのでしょうか。えーと……いいえ、悪いのは実は狼さんなのです。周りを見下しているくせに対等を欲しがるなんて、狼さんは馬鹿にもほどがあります。しかし狼さんは一生それに気付かず、寂しく生涯を終えるのでした。めでたしめでたし」
「……めでたいのか?」
「滑稽だから。めでたや、めでたや」

 その割には目茶苦茶つまらなそうな顔してるが。
 嘉山が真山と守川を揶揄った話を終えても、奴等はまだ平行線の口論をしていた。

「だって親衛隊とかいう奴等のせいで、ずっと友達作れなかったなんて可哀相だろ!?」

 その雑音が耳に入った瞬間、嘉山と同時にす……と目を細めた。
 野郎、可哀相な奴等と友達になってやる自分は偉いとでも思ってんのか? ……いや少なくとも自覚はしていないだろう。俺と嘉山を下位に見ていることを!

「うわー、俺ら哀れまれちゃってるぅ。マジ大きなお世話だよねえ。……くだらねえ同情なんざいらねえっつうの。無意識の優越ってすっげムカつく」
「作れないも何もねえだろ。作る気ねえんだから」
「うんうん。俺はいーちゃんさえいればいいし」
「俺は鶫さえいればいいしな」
「えっ……」

 嘉山は俺の不意打ちに、本心から駭愕をあらわした。
 あまりの珍しい表情に、俺はにやりと笑って、

「嘘だ」
「い……いーちゃんのいぢわる……っ!」

 嘉山は消え入りそうな声で俺の机に突っ伏した。その直前見えた眸はガチで潤んでいたから、どうやら結構舞い上がっていたようだ。
 ちょっとむずかってるようなので、ひとつ飴を与えてやろう。

「鶫が必要なのは、それは本心だぜ」
「っ……! 俺芳春に弄ばれてるっ……つぐみんヘタレちがうのに! そうさつぐみんはヘタレじゃない、いーちゃんの魔性ー!」

 と何やら拗ねながら抱き付いて来た嘉山の背中を軽く叩いてやった。
 その時知らず笑んでいたらしく、俺の顔を直視した背の高めな奴等が撃沈していたり、どこかへ大急ぎで駆け込んでいったのは――精神衛生上見なかったことにする。
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