龍鳳寺が立ち去った後、俺達は適当に寮の施設を案内し、最後に食堂に入った。込み入った話をするには向かないが飯時で嘉山が腹を空かせていたし、利か害か未だ判断しかねる転校生――真山友紀を、俺達の部屋にいれるのも御免なら、こいつのテリトリーとなる502号室に足を踏み入れるのも御免だからだ。
 判断しかねるとは言うが、心うちでは七割方、真山は害だと判断している。

「うわ、すっげー広っ! これが食堂かよ」

 食堂に入るなり真山は声を張り上げた。それだけで食事中の生徒から注目され、野暮ったく根暗そうな姿で反感を買っていたのに、

「こんくらい普通じゃなーい?」

 嘉山が隣に立ち話しかけたことで、反感は敵意へと色を変えた。真山への罵倒が、聞こえよがしに囁かれる。
 俺は嘉山の隣にいるが、嘉山と俺はセット扱いなので、即ち真山は俺とも一緒なのだと知れ、真山への反感はいっそう増した。
 嘉山が空席を見つけてそちらへ向かう。俺と真山は嘉山の背を追い、すぐに俺は嘉山の隣を歩く。
 横目で見た嘉山は、ひどく楽しそうに嗤っていた。王道展開が嬉しいのではない。真山がいつ壊れるか――それを楽しみにしているのだ。
 食堂にいる人間は、嘉山の期待通りに真山へ敵愾心を抱いたらしい。

「あいつは絶対、こっちに土足で踏み込んで来ようとするよ」

 真山がよそ見しながら数歩後ろを歩いているのをいいことに、嘉山は小声で俺に言う。あれは百害なのだと、俺に判断させるように。
 ふ……と嘉山は小さく笑った。

「拒絶、絶望、孤独――悲哀のいずれも知らず。唯一知るものと言えば無償に注がれる愛、それだけ。自分は愛され与えられて当然と勘違いをして、与えられない者があることを理解しない暗愚。懐璧――懐のたからものが、あれを殺すんだ」
「……――埋めるぞ、クソ野郎」

 じとりと睨む。
 しくじった、という顔をした嘉山は既に真山のことを調べあげているらしい。生い立ちも性格も。
 嘉山の言葉から察するに、真山は周囲から溺愛されてきたのだろう。拒絶も否定もされることなく、絶望を味わうこともなく、ただ愛されて。
 ――その、自分に与えられる愛は、すべての人間の上に降り注ぐと思っているのだろう。強い向かい風も、荒れる海も、枯れた大地も、乾いた川も、そんなものが存在していると思いもしない。風は吹き荒ぶことなく、海は時化ることなく、大地は乾くことなく、川を流れる水が枯れることなどないと思い込んで。やわらかな陽光の降り注ぐ日向で、日陰に気付かず生きて来たのが真山友紀なのだろう。
 ――俺の生きる日陰に気付かず。
 別に誰かに気付いて欲しいわけじゃない。日陰を受け入れたのは他でもない俺なのだから、気付かれようが気付かれまいが関係ない。
 ……陽光が降り注がないからこそ、あのクソババアどもを黙らせ屈伏させる快感も得られるわけだから、そう悪くもない。醜い内面の滲み出る面がより醜く歪む様は、たまらなく清々する。
 一瞬無視しかけたが、嘉山は明らかに俺を"与えられない者"の代表格に据えていた。俺はそれで哀れまれるのが一番嫌いだ。気付かれなくて構わない一因にそれがある。
 嘉山は別に俺を哀れんだわけでも、悪意あって言ったわけでもないので、一応許してやる。

「ふん。氷上のクソババアにゃ感謝してるぜ。世間は日向ばかりじゃねえと教えてくれたんだからな。……あのババアがクソババアだったから、俺はてめえの家族で、今の俺でいるんだろ」
「その点だけは、つぐみん同意ー。早く死ねば良いのにあのクソババア、あーゆー手合いほどしぶといんだよねえ。……ねえ芳春。俺を人に絶望させたのは、芳春じゃ」
「あーっ、置いてくなよお前ら!」

 縋るように俺の手を握り、嘉山は何事かを言おうとした。――その嘉山の声をかき消したのは、勿論真山だ。
 いつの間にか大きく離れていたらしい。真山は大慌てで俺達に駆け寄って来る。

「チッ……」

 嘉山から舌打ちが聞こえた。憎悪丸出しはその一瞬で、今はもう呑気そうに笑ってる。

「真山クンが勝手に置いてかれたんじゃーん」
「待ってくれたっていいだろ、鶫の馬鹿っ」

 ざわり。と食堂が不穏に満ちた。真山は目をすがめる嘉山にも、注がれる剣呑な視線にも気付かず、さっさと空いている席に座った。
 四人がけの長方形のテーブルで、嘉山と俺は真山の向かいに陣取った。少なからず真山は不満そうにしたように思う。隣に座って欲しかったって? 冗談じゃねえよ。

「ねー、真山クン」
「何? ってか、友紀でいいって」
「名前で呼ばないでってば。俺ら名前で呼ばれんの苦手って言ったでしょ」

 嘘だ。俺も嘉山も、特にこだわりはない。
 しかし幼馴染み同士の俺達でも滅多に名前で呼び合わないので、そう言う風説が流れている。
 さっき食堂がどよめいたのは、そんな嘉山の名前をオタクな姿の真山が呼び捨てたことに起因する。白水サマでさえ呼ばないのに――と。

「でも、友達なんだから名前で呼びたいし。いいだろ、なあ、芳春、鶫」

 更に俺さえも呼び捨て。濃度を増す憎悪に、嘉山の双眸が気狂いの様相を帯びた。

「友達気取りなのに、トモダチの嫌がること強いるんだぁ。自分さえ良ければいいんだね、真山クンは」

 わざと、嘉山は声を高める。大勢の生徒に、真山友紀は迷惑千万な輩だと刷り込むように。
 嘉山の狙い通り、真山への嫌悪は際限を知らないかの如く強まっていく。

「そう言うわけじゃっ……」
「俺、転校生クンとは、仲良くしたくないなあ。ねえ、いーちゃん」

 そして真山を、四面楚歌に突き落とす。わざと転校生と強調し、転校生が誰かを知らしめる。この上で嘉山を名前で呼び、親しくなろうとしようものなら、間違いなく親衛隊の餌食だろう。
 真山は傷ついたような顔を(多分)して、俺に一縷の望みをかけるかのように視線を寄越す。――同意しないでくれと。
 俺は嘉山も真山も無視して、テーブルに置かれた注文用のパネルにカードキーを差し込む。タッチパネルに浮かんだメニューのうち、日替わりのランチセットを注文してカードキーを抜き取る。この学校では寮のカードキーが財布代わりなのだ。

「腹減ったって言い出したのてめえだろ。さっさと頼めよ」
「あー、そーでした。つぐみん空腹ゲージ真っ赤だよ〜」

 パネルを渡すと、嘉山は何事もなかったかのようにメニューを選び出した。ぽかんとしている真山にも手順を簡単に説明して選ばせる。
 二人とも選び終わったのを見て、面倒臭い説明を切り出した。

「――真山。この学校について、どこまで知っている」
「え? ええと、小学校から一貫の男子校で、同性愛者がたくさんいるってことくらい……。あと、生徒会とかはすっげー人気があるってことかな。男に人気あって嬉しいの?」
「肝心なとこが抜けてんねー。だぁれ、穴のある説明したの」
「えっと、志桜さんの秘書の人」

 こいつ、自分の非礼の咎が分家に嫁いだ伯母……だか叔母だかにいくと気付いてねえな。普通理事長代理を名前で呼んだりしねえだろ。手前を春宮司関係者だと思ってんならどんだけ馬鹿だ。
 本家筋の血を持つ俺らだって部外者って自覚があって、(許可は貰っているものの)名前で呼ぶなんて憚られるってのに。尤も、俺らが名前呼び許可されてんのは血筋云々ではなく、使える駒は早めに手元に置いておこうという心算だろうが。
 ……代理の苛立たしげな顔が、目に浮かぶな。穴があるのは、代理を煩わせたことへの僅かな報復か?

「闥(たち)センセー? 代理はどしたの」

 代理の付き人を闥葵と言って、高等部の養護教諭を兼ねている。次期当主の秘書だけあって、闥校医自身もかなり有能だ。
 代々春宮司家の秘書をしている闥家で、末子ながらかなりの優位に立っているとか。……無論嘉山調べ。

「外せない会議があるらしくて、会ってすぐ出てった」
「代理忙しいもんなあ。院生しながら父親――本家当主の手伝いで会社いくつか経営して、更には理事長代理だし」
「そんなに大変な人なんだ、志桜さんって。……理事長って何してんの? そんな人に代理させて」
「世界一周」
「……え?」
「――っつう話だが、理事長のことだ。実益ついでの旅行だろう。……が、ンなこたぁどうでもいい。いいか、闥校医の説明は重要なことが抜けている」

 こてんと真山は首を傾けた。……この見た目でやられると普通に気色悪いな。
 既にやる気の失せている俺に代わり、嘉山が引き継ぐ。自分で喋った方が色々仕掛けやすいというのもありそうだ。

「んー、生徒会はじめ、人気のある生徒には親衛隊があるんだよ」
「親衛隊? アイドルとかにある?」
「似たようなもんかな。まあ、それに比べてずいぶん凶悪な集団だけど。下手な奴が信奉対象に近付くと、嫌がらせとかリンチやレイプって感じの制裁が下されるんだよね」
「え……は?」
「お前みたいなのはあの方に相応しくない! っていうのが常套句。親衛隊に目をつけられると悲惨だよー。中には自殺したって話もあるし」
「な、んで……?」

 自殺のくだりを笑って言う嘉山に恐怖を覚えたのか、真山は青ざめた(ように見える)。
 ――何故。人の不幸を笑い話にする嘉山への問いか、そうまでする親衛隊への問いか。
 どちらにせよ嘉山は、後者だとして答えるのだろう。

「見た目やら家名やらが釣り合わない奴がお近付きになるのは、許せないんでしょ」

 ほらな。

「な、何でだよ! 誰と仲良くしようが勝手じゃね?! そいつらおかしいよ! 見た目とか家とかなんて、関係ないじゃん。おかしいだろ、この学校っ」

 いきり立つ真山を、冷えた心地で見やる。
 嘉山にしても、目は少しも笑っていない。
 会話が途切れた時丁度飯が運ばれて来たので、いつもの通りウェイターに目礼して受け取った。
 嘉山は日替わり和定、真山はカツカレーを頼んでいたようだ。真山の食事を見た嘉山は、どこか面白くなさそうだった。王道ではなかったらしい。

「ごゆっくりどうぞ」
「どーも」

 ウェイターが下がってからは会話もなく食事を進める。五分ほどしたところで嘉山が、

「――ほんとに、そうかな?」

 唐突に言った。
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