要らぬ胎動



 嘉山にせがまれ動画の背景用にBL絵を描いていると、担任から転校生に学園の特色を説明しろと電話がかかってきた。
 ンなもん同室に任せやがれ、という意を込めて「半日後にでも」と返したら、ふざけんなと言われた。
 しかたないので、ひっついてきた嘉山とともに、俺は今向かいの部屋の前にいる。

「転校生は、編入試験満点らしいよ。二年に三人首席だねー」

 この学校は、高等部から成績順でクラスや寮部屋が分けられる。
 俺と嘉山は中等部卒業前にあったクラス分けのテストで全教科満点を叩き出して以来、互いに首席の座を譲ったことはない。年度末のテストでもやはり俺達は満点だったので、クラスは2A、部屋は501号室。
 転校生は502号室だ。あ行じゃなかったから、俺は同室になるのを免れたのだろう。

「同室者はヘタレ不良の守川かぁ。王道だなあ。きっと今頃転校生に心を開いて惚れてるよ。いーちゃんが案内する必要ないっしょ」

 嘉山は声に嗤笑を交えて言った。嘉山にしてみれば、心を開くだのなんだのは、くだらねえ三文芝居に過ぎないのだろう。
 帰ろうと俺の腕を引く嘉山を制す。

「転校生が無事かどうか確認して、飯に誘ってココの特色レクれっつわれてんだよ」
「はぁ? あのホスト、何教師ぶってんだろ……」
「教員免許を取得したうえで学校で教鞭執ってんなら、一応教師だろ」
「それでいーちゃんに面倒背負わすのが、俺は気に食わないのよ、いーちゃん。いーちゃんに迷惑かけていいのは俺だけなのに」

 あとうちの親。と言ったきり、嘉山は黙り込む。あらぬ方を見ているから、大方担任の弱味になる情報を脳内の引出しから探してるんだろう。……そもそもの原因作ったのはお前だと思うがな!
 ――嘉山は学園内のすべてを知っている。全校生徒や教師、寮の店の店員の個人情報にはじまり、彼らの後ろ暗い秘密やら何やら。一体どうやって調べたのかと言いたいようなことさえも。
 嘉山は腐男子活動の賜物だとか言いやがるが、どう考えても放課後校内をうろつく位じゃ得ようもないことまで知っている。
 だからといって、情報屋というわけでもない。そもそも嘉山が学園を掌握出来るほどの情報を握っていると知っているのは、俺と理事長、理事長代理くらいだろう。嘉山に壊された人間は悉く学園を出て行くから。
 持っているありとあらゆる情報を何に使うかと言えば――無論脅しだ。
 俺に害なす輩を追い出すために、嘉山は情報という最強の武器を振るうのだ。

「……おい腐れ蜜柑。担任消したらお望みの王道とやらが見れねえんじゃねえのか」
「はっ……! そうだ、そうだった。転校生を気に入って名前呼びさせるという展開を自ら潰すとこだった! ありがとういーちゃん!」

 ……こいつマジで担任潰そうとしてやがった。

「無駄に教師潰すのは止めとけ。理事長に釘刺されてんだろ」
「代理にもねー。さしもの俺でも、あの二人にはどんな弱味握ったって勝てないし、不本意だけどホストは見逃してやろう」
「つうか、春宮司家を敵に回せる奴がいたら見てみてえな」
「よほどの馬鹿だよねえ。調子こいたマフィアならありえるかもだけど」
「即死だろ」

 理事長と代理の家はかなりでかい。政界に目茶苦茶な影響力を持っていたり法曹にも強かったり、国内の企業で春宮司と関わっていないところはないんじゃないかとか、国外にも太過ぎるパイプを持ってたりと、とにかく無茶苦茶な家だ。敵に回すとマジでヤバい。
 そもそものDNAからして余人とは異なるのか、春宮司の人間は多方面に有能過ぎる。万能とでも言うのか、何をやらせても完璧なのだ(肌に合う合わないはあるようだが。得手不得手ではなく)。
 特に代理はそんな春宮司家の中でも抜きんでた才を持っているようで、何でも十二でアメリカの大学を出たとか。あの人は存在がチートすぎる。
 実は俺と嘉山は、春宮司の血をほんのわずかに持っていたりする。俺らの曾祖母が春宮司本家の娘だから。
 つまり、春宮司本家次期当主である理事長代理の春宮司志桜は、三従兄というわけだ。理事長(代理の伯父)は再従伯父。六親等外だから、民法上親族ではないが。
 俺と嘉山が多方面に才覚を発揮出来るのは、ごくわずかに流れる春宮司の血の賜物な気がして来た。先祖返り的な感じで。
 マフィアがどう足掻いたって勝目ねーだろ。と嘉山に返してから、嫌々502号室のインターフォンに手を伸ばす。

「あ、訪問前につぐみん情報。転校生は春宮司分家当主の下の息子の嫁の甥らしいよー」
「……それが?」
「理事長とは親戚じゃないから王道じゃない。ってか、傍観脇役ポジを狙う俺のが強いて言えば血縁って納得いーかーなーいー」
「うるせえな。真面目に聞いて損した……」
「うーん、でも何か王道じゃなくてもよくなってきたお……舞台諸々が王道のくせに、生徒会はなんちゃって王道だし……。生徒会で唯一ガチ王道っていえば副会長――」
「ちょっと、君達」

 語り出してしまった嘉山に、俺はいつになったら面倒を終えられるんだと辟易して、伸ばした手を引っ込めた。
 ――とそこに乱入した、嘉山曰くの王子ボイス。
 振り返れば、サラサラの金髪に緑の目をした生徒が、うろん気に俺達を見ていた。

「なーんだ、ガチ王道な副会長じゃん。ソレが転校生?」

 そいつこそ嘉山の言うところのガチ王道副会長、三年の龍鳳寺アシルだ。フランスとのハーフらしい。人間として終わってる、と嘉山は言っていたが、龍鳳寺も嘉山にだけは言われたくないだろう。
 嘉山が副会長の連れている陰気なナリの奴を、笑いながらソレと言うと、副会長は猫かぶりも忘れて嘉山を睨んだ。

「友紀の部屋の前で、何をしてるんだい」
「文句なら、俺らの担任に言ってねー。いーちゃんに面倒任せたのあいつなんだから」
「何をしてるんだ……って僕は聞いたんだけど? 相変わらず言葉の通じない馬鹿だね、嘉山」
「そっくりそのまま、何なら熨斗つけて返してやるよ、その台詞。……何してるか、だっけ? いーちゃんがクソホストに、転校生にココの異常っぷりレクるように言われたから、来てやってんの」

 有り難く思えよと、嘉山は龍鳳寺に吐き捨てる。
 この二人は仲が悪い。つっても、龍鳳寺が嘉山を嫌っているだけだが。なんつーか、悪意の一方通行。
 どうやら以前嘉山の家が龍鳳寺の狙っていた獲物をかっさらったことを、ずいぶん根に持っているらしい。
 剣呑すぎる空気に、黒い毛玉の転校生はうろたえている様子だ。もっさい黒髪鬘に分厚い瓶底眼鏡……誰がこんな変装させたか知らねえが、悪目立ちで逆効果だろ。
 俺の名前が出たことで、龍鳳寺は険を孕んだ視線を俺に向けた。嘉山とつるんでるんで、龍鳳寺は一方的に俺を敵視している。うぜえことこの上ない。

「白水、ね……。友紀には関わらないでもらえる? 説明なら僕がするから」
「ふん、面倒な説明引き受けてくれるッつうんなら喜んで退散するさ。関わりたくもねえし、てめえの面を見てると、嘉山が何するかわからねえしな」
「それは僕にも言えたこと。その気狂いの顔なんて見たくもないから、さっさと仲良く消えてくれる」
「おい、アシルっ!」

 しっしっ、と龍鳳寺が犬を追い払うようにするや、転校生が咎めるような声を張り上げた。嘉山がニヤニヤしているのを見るに、龍鳳寺が転校生に名前を呼ばせているのは王道なのだろう。

「お前っ、失礼だろ!」
「なにが?」
「そいつらに対する物言いとか、態度とかだよ! いくら先輩だからって、見下し過ぎだ!」

 転校生の言葉に、嘉山は面白げ――を装って口元を歪めた。ちらりと俺を伺った双眸は、鬱陶しいと言わんばかりのものだった。

「ああ、こんな奴等のために怒ってあげるなんて、友紀はなんて優しい子なんだろう」

 そう感動する龍鳳寺の声と笑顔の、なんて気持ち悪いんだろう。死ねば良いのに。

「だからそう言うっ」
「いいんだよ、こいつらは。危険因子を野放しにしておく馬鹿なんだから」

 そりゃこっちの台詞。
 俺はきちんと調教してあるぞ。動くなら俺が決定打となる言葉を放ってから。更にその言葉の本意を俺に確認してからにしろと。憶測で動くことは断じて許さない。俺が迷惑するから。
 ――龍鳳寺の言う危険因子というのは、親衛隊のことだ。人気のある生徒に出来るファンクラブのようなもの。いや新手の宗教か?
 まあともかく、崇拝対象に近付く奴を勝手に裁くっつう面倒な奴等だ。
 しかしちゃんと調教すりゃあ手駒に使えないでもないから、何とかとハサミは使いようってもんだ。

「奴等放置してるなんて、生徒会にはいちばん言われたくないなあ」

 ニタニタと嫌な笑みを浮かべ、頭の後ろで手を組む嘉山に頷いた。
 それに龍鳳寺は腹を立て食いかかってくる。揶揄されている……と気付かないのだろうか。
 嘉山は龍鳳寺に対して、本気で嫌味を言ったり食ってかかったりしない。
 龍鳳寺が潰れようが壊れようが、まっとうな人間になろうが、嘉山には興味が無いから。この応酬も、俺がいなければ交わされなかっただろう。
 嘉山は龍鳳寺に興味がないが、俺を敵視している龍鳳寺は、害悪だと見なしている。だから興味の無い龍鳳寺をわざわざからかっている。俺に害なす輩だから本心では潰したいだろうが、王道展開とやらのためにこらえているようだ。よくはわからん。

「僕らは君達と違って、言うことをきくようにしてあるさ」
「してある"つもりになってる"――の間違いじゃない? 親衛隊全員が、お前らだけ崇拝してるわけじゃあないんだよ、自我を持たないオウジサマ」
「何を――!」

 凶悪な笑み。取り繕い貼り付けたようなそれで皮肉った嘉山の胸倉を、龍鳳寺は掴む。転校生が慌てて龍鳳寺を引き離そうとするが、そこに携帯の着信音が響いた。初期設定のだろうから、俺のでも嘉山のでもない。俺の携帯の着信音は嘉山によって弄られているし、嘉山は個人ごとに設定している。
 どうやら転校生のでもないようで、龍鳳寺が忌々しげに嘉山を離して携帯を取り出した。着信音は既に切れている。携帯を開いてからの動作を見るに、メールが届いたようだった。
 携帯を閉じた龍鳳寺は憎々しげに俺達を一瞥、次に爽やか(と言われている)な笑顔で転校生に向き直った。

「ごめんね、友紀。最後まで付き合ってあげたかったんだけど、生徒会室に戻らないとならないんだ。後の説明はそこにいる二人にさせるといい。それじゃ、またね」
「〜〜〜っ?!」

 ……気色悪いもん見た。
 去り際に龍鳳寺は転校生の頬にキスしていったのだ。
 ちらりと嘉山を見……なきゃよかった。ああ楽しそうだ、目茶苦茶に。
 王道か……と俺は諦めたような溜め息をこぼしてしまった。
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