そなたの返り血でしょうに



side:陵和昭

 HRが終わって教室を出ると、廊下にいた田名部と宰に目配せをされた。二人の視線を受けて、僕は何事もなかったかのように目線を外す。

「行くね」
「うん」

 和治の肩を叩いてこそりと囁く。僕は一人で、1Aの教室へと向かった。途中で風紀の稲舟が、僕を見て意味深に笑ったのが気になったけれど、早く行かないと真山が帰っちゃうから捨て置いた。
 少し早足で向かった1Aからは教師が出て来たところだった。ちょうどHRが終わったばかりみたいだ。てろてろ教室から出てくる生徒達をよそに、僕は前の扉から教室を覗いた。真山は芳春に絡んでるけど、芳春も嘉山も清々しいまでに無視をしている。痺れを切らした真山が芳春の肩を掴もうとした瞬間に、僕は声をかけた。

「友ー紀」
「あ、和昭!」

 僕が姿を見せると、真山は満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。構ってくれる人間の登場に喜んでるんだろう。
 真山が僕に気を取られている間に、芳春と嘉山は教室を出て行った。守川も嘉山に顎で示されて、二人についていく。嘉山は最後に一瞬だけ僕を見た。りょーかい、和治に怖い思いさせたっていう僕の恨みを晴らすためと、芳春の傷を抉ったって僕の不快感を晴らすために、がんばっちゃうよ、っと。

「友紀、あれからは何もなかった?」
「おうっ! 俊哉もついててくれたしな!」
「怪我のほうは?」
「もう血もとまってるし、大丈夫だぜ!」

 ほら、と怪我した手をぐっぱーして僕に見せてくる。どうでもいいけど、そんなことしたら痛くないの? 真山が痛がろうがどうでもいいし、むしろ万々歳だけどね。

「それじゃあ、探検しない、友紀?」
「探検?」
「という名の校舎散歩〜。色々うろちょろしようよ。どうせすぐ帰ったって暇でしょ?」
「そーだな、賛成! 行こうぜ!」

 うろちょろなんて好き放題したろうに、真山は顔を輝かせて頷いた。鞄を取ってきた真山に、僕はほとんど腕を引っ張られる形で廊下に出る。

「どこ行く?」
「美術室っ!」
「……えぇー?」

 明らかに乗り気じゃない僕に、真山は芳春がどれだけ自分を無視したかを力説した。だから謝ってもらうんだと。こんなに馬鹿なのも珍しいんじゃないかな。
 どう考えたって悪いのは真山でしょ。守川辺りは説教したんだろうけど、自分は悪くないって信じ込んでるみたいだから、何を言っても無駄だろうね。

「いまは白水もかたくなになってるから、行っても無駄じゃないかなあ」
「そんなことない! 話せば芳春だってわかってくれる!」

 なんかやけに必死だなー。ちょっとした焦りも見て取れるけど、なんだろ、これ?
 どうして自分を構わない人間に、そんなにこだわるのかな。よく理解できない。するつもりもないけど。

「だから、いまはその話すら聞いてもらえないとおもうよ。今日で世界が終わる訳じゃないんだから、明日で良いんじゃないの?」
「けど!」
「明日が駄目なら、そのまた明日、やっぱり駄目なら更にそのまた明日があるでしょ。時間を置くのもだいじなんだよ。今日は僕と探検しようよ」
「……そんなに言うなら、今日は、わかった」

 お。説得成功! 一日中芳春に無視されて、だいぶ凹んでるみたいだね。
 ――これだったら、ダメージは増えるかも。
 嬉しさに緩む顔をなんとか自制して、今度は僕が真山の腕を引いた。
 特別棟を抜けて、東塔に入る。こっちは食堂とか購買があるんだけど、用があるのはそこじゃない。探検らしくうろうろしながら、僕らの足は三階の空き教室へ向かう。三階は全部空き教室で、予備の机とか備品とかが置いてある。新しくなってた真山の机も、ここの予備を運んだものだ。
 けど中央の教室は予備じゃなくて、使えなくなった机なんかを処分までの間置いておくところになってる。制裁された真山の机もここに置いた。この間整理されたばかりだから、教室の中はほとんど空になってる。いまあるのは真山の机と、何故か脚の折れ曲がった机が二つ三つと、何でか真っ二つにへし折られたローテーブルがひとつくらいだ。机のほうはFクラスのだろうけど、あのローテーブルは一体……。

「――? 和昭、こんなとこ入ってなにすんだよ?」

 その真ん中の教室に入った僕は真山のことも連れ込んでドアを閉めた。

「ここならそうそう、邪魔されないから」
「は? 何言ってんだよ?!」
「それはねえ、これから君のオシオキをする――って話だよ」

 僕らが入った扉とは別の扉が開いて、第三者の声が介入する。
 教室の後ろのほうを見ると、ひどく楽しそうな顔をした副会長の親衛隊長宰と嘉山の親衛隊長の湊と、芳春の親衛隊長の田名部が、四人のガタイが良い生徒といっしょに入ってくるところだった。……あれ、湊って協力者だっけ。いやまあ、親衛隊なんだからいても不思議じゃないけども。

「何だよ、お前ら?!」
「相変わらず下品な大声だよね。まあ、あのオマヌケな副会長にはお似合いだけど?」
「アシルを馬鹿にすんなよ!」

 副会長の親衛隊長のくせに、宰は副会長をけっこう好き放題貶める。笑ってる宰に真山が突っ掛かった。宰は真山をさらっと無視する。

「で、僕らが何かって話だけど。僕は副会長の親衛隊長の宰ね」
「ボクは〜、嘉山様の親衛隊長の湊だよ〜。それでこの子が〜、」
「白水様の親衛隊長の、田名部です」

 田名部が優し気に微笑んだにも関わらず、室温ががくっと急降下した気がした。それもそうか、田名部、すっごい目が冷たい。
 真山は田名部の冷たさにも気付かないで、親衛隊だと聞いた瞬間にまた突っ掛かる。

「お前らが親衛隊か! お前らみたいな奴がいるから、アシルにも鶫にも芳春にも友達ができないんじゃないか!」
「トモー! このこ〜、聞いた通りにやっぱり頭の中身がカワイソウ〜!」
「どういう意味だよ!」
「さっぱり分からないなんて、聞いてた以上に残念で救えない頭してるんだね」
「脳に不具合でも生じているんでしょうね。いえ、予想するまでもなく事実ですか。自分の都合のいいようにしか解釈できないし、記憶もできないんですから」

 冷笑さえもなく嘲る田名部がたいへんに恐ろしい。僕、ゼッタイ田名部のこと怒らせたくない。泣いちゃう。
 田名部はそのまま無表情で、憤ってる真山に冷たい声を投げかける。

「君は自分がなにをしたのか、理解していないようですね」
「どういうことだよ! 俺は何もしてない!」
「――なぜ、白水様の過去を、食堂などと言う人が大勢集まる場所で、声高に口にしたのですか」
「だからそれは――、それは芳春を助けるためで」
「思い上がるな、単細胞」

 睨みもしていない田名部だけども、だからか余計に迫力があった。声を荒げずにひたすら静かに言葉を紡ぐ。
 いまこの場で一番はらわたが煮えくり返っているのは、間違いなく田名部だ。

「考えませんでしたか。御両親が目の前で殺されたなんて、トラウマに違いないと」
「だからっ、それを治してやろうって――!」
「考えませんでしたか。大勢の前でトラウマを抉られて、どんな気分になるかを」
「俺は……俺は芳春のためを思って!」
「では、白水様はお喜びになられましたか。君に大声で大勢にトラウマを暴露され、風紀の箝口令が布かれたにも関わらず噂になってしまって」

 田名部の迫力に押されつつも答えていた真山が、とうとう言葉に詰まった。自分の想像した結果とは違うのは、さすがに理解してるみたいだ。

「それは……芳春はきっと素直になれないだけで……!」

 苦し紛れに絞り出した返答に、田名部の目がいよいよどす黒い炎を灯したように見えた。

「君は、存在そのものが白水様にとって害ですね」
「なっ……! そ、そんなことない! そうだろ、和昭!」
「え?」

 急に話し振られてびっくりしちゃった。真山って僕がここに連れ込んだの、もう忘れたのか。
 僕を味方だと思ってる真山は、必死に頷いてくれって視線で訴えてきてる。うーん、どうしよっかな。
 ちらりと視線を遣った田名部は肩をすくめる。好きにしてください、みたいに。

「まあ、白水が君を嫌ってるのは確実だよね」
「何言うんだよ、和昭!」
「だって確かでしょ? 僕だったら、あんな風にトラウマ公表されちゃ、そんな子好きになれないなー」
「え、え……」

 顎に人差し指をあてて首を傾げながら言う。真山は僕が言ってることを理解したくないようだ。
 戸惑ってる姿を見て、僕はなんだかとっても楽しい気分で、自然と笑いが込み上げてきた。

「僕が君の言う事を全部肯定するとでも思ってた? ざーんねん!」
「か、和昭……?」

 何言ってるんだ、みたいに強張った笑いをしながら、真山は僕の服の袖を掴む。
 ――ぱしん、と音を立ててその手を叩き落としてやれば、真山は愕然としながら、よろよろと後ずさった。
 ああ、これだよね、これ! こういう反応を待ってた!
 僕はいまきっと、すごく楽しそうに笑ってるんだろう。すっごく楽しいからね!

「僕らは最初っから、君のことなんか大嫌いなんだよ、真山友紀」
「う……うそだ……!」

 真山は弱々しく頭を振った。声はあまりの動揺のせいか、ひどく掠れている。

「嘘なもんか。ずぅっとこうやって裏切ってやりたくてうずうずしてたんだよ? 僕も、和治も」
「嘘だ! 何でそんな嘘つくんだよ!」
「ほんっと、人の話をよくよく聞かない馬鹿だね」

 心底呆れた様子の宰が溜息をつくと、真山は親衛隊が口を挟むなと怒鳴った。湊が笑顔でコワイ〜、と宰に抱き着く。あれのどこが恐がってるの。すっごく楽しんでるよ。

「ねえ、真山、君なにをした?」
「え?」

 訊ねると、真山はきょとんと首を傾げた。

「僕らに出会ったとき、君、僕らになにをした?」
「なにって……何もしてないだろ!」
「したじゃない。忘れたの? 僕らを見分けたでしょ」

 眉を顰めて言うと、真山はぽかんとした。イラッとするなあ、この間抜け面。

「それがどうしたんだよ?! 見分けてみろって言ったじゃないか!」
「言ったよ?」
「え……」
「だから、これは僕らの勝手な逆恨み。でもね……芳春の絵のこころに気付けるなら、どうして僕らが見分けられたくないってわからなかったのって、思うよ」

 今更言ってもしょうがないことだけどね。

「ともかく! 見分けられて和治がすごく怖い思いをしたから、僕は僕らの勝手な都合で、君なんて大嫌いってことだよ。君だって勝手な独善を押し付けるんだから、おあいこだよね?」
「な、だったらそのときに言えば……!」
「言って聞いたの? どうせ都合のいいように解釈して、自分は良いことしたって浸るだけじゃないの」
「そんなことない!」
「では何故、白水様の拒絶を自分に都合のいいように解釈するんです」

 田名部は苛立つ程声や眸が冷たくなっていくたちみたいだ。これ以上ないくらいに凍り付いた声に、さすがの真山も押し黙った。

「陵和昭、もう構いませんか」
「ん、いいよ」
「では――、一年A組、真山友紀。君にはいままでのおこないの報いを受けてもらいますよ」
「お、俺が何したって……!」
「しまくりでしょ。そんな不潔な姿で副会長にベタベタして」
「嘉山様のこと呼び捨てにしたし〜、間接キスだし〜、あからさまに拒絶されてるのにつきまとったし〜」
「白水様の御名を軽々しく呼び捨て、白水様がお召し上がりだったケーキを強奪し、あまつさえ白水様の心を深く抉った」
「これで何もしてないとか、ホンット頭悪くて嫌になるね。ま、僕は副会長が誰に尻尾振ろうがどーでも良いんだけど、親衛隊としてやっとかなきゃいけないからね」
「ってゆ〜わけで〜、」

 三人が揃って、じっと控えていたガタイの良い生徒三人を振り向いた。どの顔にも、冷笑が浮かんでいた。

「やってしまってください、好きなだけ」
「目立つトコはノンノンだけどね」
「服で隠れるとこなら〜、鞭で打って蝋を垂らしたり〜、根性焼きしたり〜、慣らさないでいきなり太いバイブ突っ込んだり〜……あ、ボクがされたい……」
「ちょっと湊君は黙ってくれますか」

 うっとりしながら呟いた湊を、田名部はあきれ顔で見やった。しまらないなぁ……。湊ってここに連れてきちゃいけなかった子だよ絶対!
 湊のせいで微妙な空気になったのを、田名部が咳払いで元に戻した。

「ともかく、お願いしますね。好きなだけいたぶって、私憤を晴らしてください」

 田名部の言葉に従って真山を囲んだ三人は、下卑な笑いを浮かべていなかった。顰められた顔からは、真山に対する嫌悪感や怒りが滲んでいた。
 ふーん、私憤っていうなら、外部の奴に頼んだんじゃないんだ。たぶん白水のとこのタチとかかな。
 危険を感じて逃げようとした真山に、思い切り膝蹴りが入った。そこからはもう、肉体を蹴ったり踏んだりする音と、真山の呻きとかばかりだった。

「あ、気が済むまでリンチしたあとは、レイプのほうもしてよね」

 宰の言葉に、真山が倒れないように羽交い締めにしてた生徒が、嫌そうな声を上げた。

「ソレじゃ勃たないかもだけどさぁ、リンチ以上に効くんだから。白水を傷つけられてむかっ腹たってんでしょ? なんだったら白水にぶつけられないアブナイ欲望なんて、そいつで発散すれば良いし」
「真山を白水様の身代わりにするなんて……あの方が穢れますが、仕方ないでしょうね。実際に危険な行為を白水様にされたらたまらない」
「勃たないんだったら、カツラと眼鏡取っちゃえば良いよ」

 壁に寄りかかって見てた僕の提案に、宰がきょとんと首を傾げる。

「美形なの?」
「そこそこらしいって、嘉山から聞いたけど」
「だってさ。そーゆーことで、よろしくね。それじゃっ」

 あとを三人に任せて教室を出て行く隊長組をぼんやり眺めてると、呻きに混じって名前を呼ばれた。ボロボロにされてる真山に、興味無さげに視線を送る。

「かず、あきっ……ど、してっ……」
「またそれ? もう言ったじゃない、理由は」
「友達、なのにっ」
「冗談じゃないよ。和治を痛がらせて恐がらせた君を、どうやって友達だと思えって言うのさ? ――僕らがあの日、見分けられて引き裂かれて、どれだけ痛くて悲しくて怖かったかを、充分思い知れば良いよ」

 あの日握った、震える和治の手を思い出す。思い出したら、どうしたって真山が許せなかった。
 睨みつけてから荒い足取りで教室を出ると、階段を下りてすぐ、意味深に笑う稲舟に手を振られた。

side end.
[*前] | [次#]
[]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -