6
ほとんど会長がしなすったんだが、吉良の乱暴の残骸は五分程で片付いた。会長が新しいローテーブルをネットで選んでいると(この代金も吉良持ちにするようだった)、鍵の開く音が微かに聞こえた。優太が帰ってきなすったらしい。
時計を見ると出て行ってから十分と少し。あんまりにも早いな、と内心首を傾ける。白水はまだ起きていなかったんだろうか。全員でドアを見る。ひどくゆっくりと、弱々しく開かれたドアの隙間から、のっそりと優太が姿を現した。
「ゆ、優太?」
戻ってきた優太は、なんだか随分としょんもりしていなさる。俺達の心中はきっと一致したろう。何があった。
優太はてもてもと力なく歩いて、ローテーブルが半壊していることにも気付かず俺の隣に座り、足を抱えた。
「……白水どうだった?」
「うん……」
「いや、うんじゃなく」
あんまりにも消沈している様子の優太に、訊ねた会長の顔が引き攣った。
優太は膝を抱えたまましょんもりめそめそ落ち込んでいる。本当に、一体何があったんだね優太。やっぱり白水がまだ起きていなかったのだろうか。それとも起きていたけれども、あの目のままだったのだろうか。
「どうしなすったんだい、優太」
そっと頭を撫でて穏やかに訊ねたら、優太がとうとうすすり泣きを始めてしまった。
「よし、はる……げんき、ない、くて、つらそう、でっ」
「うん」
ああ、起きていなすったか。でも案の定だったんだねえ。白水が辛そうだったという優太こそが辛そうで、俺は心臓が締めつけられる思いをした。
白水の苦痛を我が身のように感じる、せめてその半分、いや三分の一くらいでもいいから、俺の辛さも我が身と感じて欲しいなんて強欲を抱く。優太は既に俺に優しさをくれたろうに、俺はこんなにも欲張りな人間だったのか。
「首輪、赤いの、はずせって」
「やっぱりあいつ、赤いの嫌いなのか」
痛まし気な声だった。どうやら会長もお気づきだったようだ、白水の絵に赤が使われないことを。
「俺、よけいに、つらくさせた……っ! あかいの、好きじゃないってしってた、のに、首輪とるの、きづかないでっ」
「優太」
後悔と自分の不甲斐無さに腹を立てている優太の肩を抱いた。白水が心配過ぎて動転して気が回らなかっただけだ、と言っても、それは更に優太の心を抉るだけだろう。泣き止んでもらうには、さてどうしたものか。優太を抱き寄せながら思案する。
「優太、白水は怒ってなすったかい?」
できるかぎり優しく問いかけると、優太は涙に濡れた目できょとんと見上げてきた。
「……外してない、ときは」
「そのあとは?」
「あきれ、てた。倒れたくらいで、泣くなって。……おおごとだから、泣くもん……」
倒れるのは確かにおおごとだ。"くらい"というとどこか自分を軽んじているようにも受け取れる。優太はそれが不満なんだろう、いじけたように唇をまげた。
「でも、ね。またねって言ったら、返事してくれたから、……おこってない、かも……?」
「それじゃあ、大泣きすることはないねぇ。次は――次なんてないのがいいけども――気をつけられるようになろう、ということでお終いにしようじゃないか。もう反省しなすったろ?」
「…………ん」
少しの間逡巡したけれども、やがてはこくりと頷いた優太に、自然と笑みが零れる。
「……ありがと、伊能」
優太は照れ臭そうに上目遣いになって、おずおずとお礼を言ってくれなすった。俺よりも優太のほうが背が高いから――改めて言うと何だか少しショックな気がした――、優太の上目遣いなんて初めて見た俺の中を、とある衝動は突き抜けていった。
突き抜けた衝動の唐突さに抗う暇なく引き摺られるまま、俺は優太の厚めの唇に触れた。なにでって、俺の唇で。
「…………――?!」
腕の中にいる優太は数秒現状把握ができなかったらしい。少ししてからびしりと固まった。目を見開いて呆然としている優太から、わざと音をたてて顔を離した。
「ごちそうさま――って、おわっ」
言って唇を舐める。それで我に返った優太は顔を真っ赤にして俺を突き飛ばし、生徒会室を飛び出そうとしたが、
「ふぎゃっ!」
「ああっ、優太!」
慌て過ぎて生徒会室のドアがオートロックだと忘れていたらしく、固い扉に思い切り激突した。ご、ごめんよ優太……。
オートロックも考えものだな、と呟いた会長が優太を落ち着かせているあいだ、俺はアシル先輩に正座させられ説教をされていた。うん、確かに優太相手にいきなりキスはまずかったですよ……。
でもまあ、これで白水が羨ましい理由と、俺だって白水は好きなのに彼に嫉妬する理由と強欲の根源を自覚した。
(……さて)
ちらりと顔を冷やしている優太を盗み見る。
さて、どうやって俺に惚れてもらおうか。
「ちょっと誠吾、真面目に聞かないと廊下で正座させるよ!」
「あ、はい……」
アシル先輩の説教は、その後一時間続いた。
side end.
[*前] | [次#]
[戻]