「っつうか、今更だろ……」
「ですねぇ。それって去年の話だろう? いままで手を出していなかったのに」
「いままでは、白水に手を出す切欠がなかっただけだろうよ。去年は補佐って守護領域があったし、嘉山もガードしてたからな」
「じゃあ、何で今日は?」
「血を見せてトラウマ抉ろうってんだろ。おあつらえ向きに、最大の制裁対象者が隣の席だからな」

 そういうことなら、裏の何人かは白水の過去に関して、噂以上のことを知っているのだろう。目の前で両親が殺されたからって、イコール血がトラウマだとは結びつかない。
 ……ということは、白水の両親は、血がトラウマになるような方法で殺されたということになる。だから白水の絵には、赤が使われないのかもしれないね。
 まあ、何にしたって今更感は強く残る。今年に入ってからはまったく絡んでいないのだから、標的から外せばいいだろうに。それでも直接ではないぶん、緩いのかもしれないけどねぇ。

「……俺がもっと早くに、裏の連中を割り出せてりゃな……」

 親指の爪を噛んで言う会長の声は、顔以上に悔しさや申し訳なさ、憤りがあらわれていた。会長はずっと裏についてお調べだったようだけれども、証拠も何もなくて誰にも辿り着けなかったという。あれで真面目な会長には、ひとかけらの証拠さえ見つけ出せないことを不甲斐無く思っていなさるだろう。会長のヘーゼルの眸が、心なしか深い緑になったように見えた。

「風紀だって誰も尻尾をつかめなかったんだ、テメエ一人で責任感じる話じゃねえ」
「でも、白水が傷つけられることはなかったろ、摘発できてりゃ」

 会長の発言に、アシル先輩の眉が寄った。会長の中では、友紀より白水のほうが優先順位が高いらしい。

「それはテメエに怒ることじゃねえ。そんな事言い出したら、俺自身の力不足でもあるっつうの」
「けどよ、そもそもの原因は俺だろ」
「――うぜェ!」

 ぶわり、と吉良の肩から怒気が放出されたかと思うと、吉良はローテーブルを蹴り飛ばした。吹っ飛んだテーブルは俺のデスクにぶち当たって、気のせいだとは思いたいがローテーブルのほうからみしりという不穏な音が聞こえたような。ついでに食器の割れる高い音も四つ程聞こえた。あああ、お気に入りの俺のマグカップ……!
 とばっちりでマグカップを破壊された俺の切なさなんてまるっきり無視で、吉良は会長の胸倉を掴んでいる。アシル先輩は突然の出来事にまだ固まったままなので、これは俺が諌めにゃあならないんだろうか。火に油を注ぐ予感しかしないんだけれども。

「そうやって原因だの責任だの追求してったら、キリがねぇんだよ! ただでさえ、本来無関係なところから白水にちょっかい出されて、俺は苛ついてんだ! それ以上ウジウジウジウジうざってえマイナス思考曝してみろ、そこの窓から放り出すぞこのクソ兄貴!」
「っい、つせ」
「だいたい立て続けに、あの真山のクソ猿といい水町のヤロウといい、どうして白水の傷を抉られなきゃなんねーんだっつの!」

 ――水町? って確か三年の、人の良さそうな親衛隊持ち? どうしてここで水町の名前が出てくる?
 俺と同じ疑問を、我に返ったアシル先輩も抱きなすったらしい、訝し気に眉を顰めていなさる。会長は……吉良に揺さぶられてそれどころではないようだ。
 というか、兄? え? 兄弟?

「お、落ち着け、五瀬……!」
「それよりもムカつくのは、好きだのなんだのいいながら、慰めもできねぇしあいつの泣く場所にもなれねぇ俺自身だ……!」

 まるで牙をむいた肉食獣のように歯ぎしりした吉良の声は、心底自分に苛立っているのだと明確に伝えて来た。相反して顔は人を殺せそうな程凶悪だが。

「けっ、ど……よ!」
「――っ、」

 いい加減苦しくなったのか、会長は胸倉を掴む吉良の手を振り払った。

「初日の夜、白水はお前に救われたんじゃないのか」
「……」
「詳しいことは知らねえけどよ。お前が白水を連れてったって話は聞いてる。ずっと一緒にいたんだろ」
「それだけだ。……結局朝起きたら、俺は何もしてやれねえってのを思い知っただけだ」

 ひょっとして、二日目の白水の目を言っているのだろうか。どこまでも深くて暗い眸だった。仕事の合間にクラスを手伝ったとき、丁度白水の入ってる時間だったんだけれども、あんな目は初めて見たよ。優太が見たら泣いてしまうな、と思ったので優太には言わなかった。
 さて、いま会いにいった優太は、あの白水の目を見てしまうだろうか。休みをはさんだから大丈夫かもしれないけれど、大丈夫じゃないかもしれない。白水のことで優太が泣くのは少し妬けるが、白水が心配だって言うのも俺には事実だ。
 あの日大丈夫かと声をかけたら、白水は俺に謝った。酷い目をしているのは自覚しているが、隠そうとしてもうまく繕えないようだった。そうやって、

「他人を気遣える余裕があったのは、多分吉良が助けたからだと思うがね……」

 膝上で頬杖をついての思惟は、図らずも声になって漏れていたようだ。吉良が驚いた風に俺を見ている。
 嫌だね、俺は吉良はあまり好きでないから、助け舟になるようなことは言いたくなかったんだが。

「だとよ。白水と同じクラスの誠吾がいうんだ、ほんの少しでも助けになれたって思っておけよ、五瀬。前向きでいろ」
「言われたくねえよ、ついさっきまでマイナス思考フル稼働してたテメエには」

 確かに。ま、会長がマイナス思考っていうのも、俺には珍しいんだが。いつも前を見据えているお方だと思っていたが、案外そうじゃないところもありなさるか。
 それもそうかと笑った会長に、吉良はばつが悪そうに頭を掻いて背を向けた。

「……風紀室戻る。邪魔したな」
「五瀬」

 会長の呼びかけに、吉良は上体だけで振り向いた。会長はいっそ清々しい程に、にっこりと笑う。

「あのテーブルと俺のマグカップの請求書、あとで渡すわ」

 ひく、と吉良の口端が引き攣ったように見えた。ちょっといい気味だ、と思いながら、俺は会長に便乗する。

「あ、俺のお気に入りのマグカップのと、優太のも頼みますよ、会長」
「僕のティーカップのも」

 アシル先輩まで薄ら笑いをして便乗しなすった。吉良も俺とアシル先輩があまり好きでないのかとんでもなく嫌そうに顔を歪めたが、俺達のカップを駄目にしたという自覚はあったらしい。

「…………好きにしろ」

 結局には面倒くさそうに溜息をついて、そう言って生徒会室から出て行った。……しまった、どうせなら片付けも押し付けるんだったかね。失敗した。

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