赤と茶色


 機械越しの女の声に、佑は苛々と唇を噛んだ。タバコのフィルターでも噛めば様になるのかも知れないが、生憎と佑はあの臭いを好かない。

「佑君、お父さんも心配してるから――」
「っせえな! いい加減うぜえんだよ、ババアっ! もう電話してくんじゃ――っ?!」

 横から唐突に携帯を奪われ、そちらを仰ぐ。苛立ちのせいで、誰かが来たことに気付けなかった。オートロックの部屋に入れるなら生徒会か風紀幹部、それかこの部屋の鍵を持つ人物だけだ。
 佑が見た男は、生徒会でも風紀委員でもない、見知らぬ平々凡々な男だった。人の携帯を奪った平凡男は、更に勝手に電話の向こうにいる女と会話をし出した。

「四十九院佑の同室者で、心山迅と申しますぅ。すみません、口の利き方は俺がよーくしつけますよって、堪忍しとぉくれやすー。……はい、ほな、失礼いたしますぅ」

 関西訛りの平凡男――心山と言うらしい――は、通話を終えると携帯をローテーブルの上に、静かに置いた。はっとして、迅の胸倉を掴む。自分より相手のほうが、ほんの少し背が高いらしい。それもまた気に食わず、佑は迅をより鋭く睨み付けた。

「何だ、テメエはっ!」
「言うたやん。同室者の心山迅ですーて。……てかな、何だ、はこっちの台詞や」

 殺気すら滲ませて睨んでいるのに、迅には通用しない。
 また面倒な奴が増えた――と、佑は我知らず舌打ちをした。

「あんたはん、おかあちゃんに向かって何ちゅー口の利き方してはんのや!」
「……あぁ?」

 眉間の皺が増えたのが、自分でも分かった。

「あんなぁ、親に向かって反抗的でいられるうちが華やで? おかあちゃんが亡ぉなってから悔やんだって何にもならしませんのや。……四十九院のおかあちゃん、寂しそうやったえ?」
「息子を案じる母親を演じてりゃ満足なんだよ、あのババアはっ!」
「またそないにっ! あかんて言うてるやろ! ほんっとーに、おかあちゃんをそないな風に思ったはるのんか?」

 ――何故か。何故か言い返せなくて、佑は迅から手を離した。睨むことを止めなかったのは、そうしないと自分を保てなくなるような空恐ろしさを感じたからだ。
 丁寧に置かれた携帯を鷲掴み、迅の眸を見ないようにして私室へ閉じこもった。
 ベッドに凭れてぼんやりと思う。二度目だ、と。
 迅より以前に、同じような空恐ろしさを感じさせられた相手がいた。出会ったきっかけなど覚えてもいないが、あれは中等部から今なお、好きだなんだと言ってくる。
 あれとは異なっているが、迅もまた、自分のなかの何かを壊す存在なのだという予感がした。寮監あたりから話を聞いただろうに、臆したりする風をまったく見せなかった男は。
 読みかけだった本に手を伸ばしたところで、控え目……でもないノックが響いた。

「ちゃんとした自己紹介してへんかった。俺は心山迅。京都出身で、ご覧のとおり平凡な男や。よろしゅうな、佑」

 ドア越しの声に、何を勝手に呼び捨てにしているのかと悪態をつこうとして、やめた。必要ないことのように思われたから。

「……四十九院佑」

 迅は満足げにうん、と言ってすぐ明るい声で誘いをかけてくる。

「なあ佑、食堂行かへん?」
「誰が。勝手に行けよ」
「つれないお人ー。まぁええわ、ちゃんと飯食わんとあかんえー。ほなな、俺昼飯食いに行ってくるわ」

 気配が扉から離れ、玄関の開閉がかすかに聞こえた。
 ――迅の眸には、興味本位だとかの色がなかった。
 多分、迅の"当然"を真直ぐに実行しているだけなのだ。叱るに足りることだったから叱るし、自己紹介をきちんとする。当たり前のことを当たり前にやっている。自己を貫ける勇猛な男。それが、心山迅という個なのかもしれない。
 怯えもなにもなく接せられたのは、生徒会を除いて久方振りのことだった。僅かに、心が躍ったのを感じる。

「まさか……嬉しいなんてこと、あるわけない」

 それは、自から切り捨てたものだから。



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