憧憬する赤


 クラスマッチの練習は、隣のB組との合同体育の授業を使って行われる。
 クラスごとに整列しているけれど、B組の主に小柄な生徒の視線は熊ジジイ――もとい、体育教師の久津ではなく、ほとんどが佑に集中している。B組にはこれといって目立つ生徒がいないので、ここぞとばかりの目の保養なのかもしれない。
 無遠慮にじろじろと見られて佑の機嫌は急降下しているが、苦笑する迅に軽く背を叩かれたので我慢している。
 小柄たちの嫉妬やらを含んだ剣呑な視線が迅に向けられたのでさすがに決壊しそうになったけれども、佑はただでさえ久津に目をつけられている。久津の熱弁中に下手に動けば準備室で暑苦しい説教コース間違いなしだ。それを理解しているから、佑は小柄たちを思い切り睨みつけるだけで我慢した。
 クラスマッチとはどんなに熱い行事であるかを十分程語っていた久津の演説が終わり、準備運動の後にそれぞれの競技に別れる。野球組とドッジボール組はグラウンドに向かっていった。
 佑たちバスケ組は体育館の左半分、迅たちバレー組は右半分のハーフコートで練習を行う。実際の試合も――どちらかは第二体育館になるが――ハーフコートで行われる。
 迅を気にしながらも早少女とバスケ組で集まった佑は、ふと気付く。そういえば――

「俺、バスケまともにやったことねえわ」

 ぽつりと零した言葉に、チームメンバーが黙り込んだ。

「えっ? ……えっ?」

 冗談だよな、とでも言いた気な早少女に、マジ、と返す。

「オーマイガーッ……」
「発音悪ぃな」
「お黙りあさーせ! えっ、なんでやったことないの? バスケの授業あったっしょ?」
「サボった」
「このおちゃめさん! ああー……うん、まあいいや。四十九院は練習は見てて、ルールとか覚えて。そもそも先生は相手をビビらそうって四十九院入れたんだから、相手に慣れられちゃ困るし」

 まあ上級生相手にまで威嚇が通用するとは思えないけれど……と、早少女は珍しく真面目に呟く。
 確かにそうだろう。上級生も一人は必ずバスケ部員だろうし、面子があるから勝ちにくる。ということは全身胆のような図太い連中ばかりになる。接近戦でいちいち相手に怯えていては話にならないからだ。
 ――それに、晟もバスケだと聞いた。桂もそうらしい。あの二人が佑相手に怯えるような小心であったら気持ちが悪くて仕方がない。
 少なくとも3Aには、留守の作戦は通用しない。加え、晟も桂もスポーツ万能で、去年も盛大に活躍していたのを佑は覚えている。無理だろ、と佑は心中で留守に言った。
 確実に優勝を狙う気でいる3Aの布陣には、絶対に勝てない。けれども、早少女は楽しそうにメンバーやポジションを考えている。誰が相手だろうとも、できる限り食いつく気でいるのだろう。
 その真剣な表情を見ていると、佑もできるだけ頑張ってやろう、と思う。
 これが少しの交流もない人間ならどうでもいいのだけれど、早少女は――友人だ。口にはしないが、佑は早少女だけではなく小早川も、真壁や村上も吉川もそうやって受け入れている。
 これも迅がいたからだ、と佑は右側のコートに視線を送る。だったら、彼らのために頑張ってみるのも、迅に対する返礼にもなるだろうかと。

「うしっ、じゃあ今回はこんなもんで行くか。四十九院、早少女君の華麗なる活躍を見ているんだぞー!」
「はいはい」

 大袈裟に手を振って整列しにいく早少女を、佑は軽く手を振って見送る。それから邪魔にならないように扉の外に立って成り行きを見守ることにした。
 早少女の背中はやけにやる気に溢れている。きっと彼はバスケが好きで仕方ないのだろう。
 佑の予想は果たして正解のようで、プレイ中の早少女の顔は眩しいほどに輝いていた。どれだけ苦戦していても、楽しくて仕方がないと早少女の顔は言っていた。

(あんだけ夢中になれるようなもの……俺にあったかな)

 ルールを覚えるために試合を見つめながらも、佑は自分の好きなものを脳内でリストアップ――しようとしたのだが、片手の指を三回折るだけで終わってしまった。
 ぱっと思いつくのは、迅と、迅のオムライスと――晟だけだ。バスケのような熱中の仕方をするものではない。
 いつか自分にも、あんな楽しそうな顔ができるようになるのだろうか。ぼんやりとした考えは、試合終了の声に掻き消された。

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