だだっ子


 すべての授業を終えた迅は、生徒会室へ向かった佑と別れて風紀室へ出向いた。
 放課後の巡回の前には必ず集合し、その日の注意事項などを確認してから二人一組で校内に散る。通常巡回でさえ全員に無線が貸し出されるというのは、公立校では考えられないことだ。説明を受けたとき、迅は内心閉口していた。
 迅は丹羽と東棟を他愛無い会話をしつつ歩きながら、周囲の物音や人の気配を探る。親衛隊は川崎が退学処分になったことでしばらくはなりを潜めているだろうので、いま注意すべきは不良生徒の暴虐だ。
 だがそれらもテストが近いとあってか、目撃情報や検挙も数が少ない。丹羽が言うには、問題が起きやすいのは行事の最中や長期の休み前だという。物置き同然で人通りがほとんどなく、制裁や暴行の現場になりやすい東棟の上階でさえ、不穏どころか人の気配ひとつない。

「ところで迅ちゃん、クラスマッチの種目決まったぁ?」

 見回りをほぼ迅に任せて歩いていた丹羽が、ふと思い立ったように訊ねてきた。

「へえ。留守センセが勝手に決めてはりましたけど」
「何に出んの?」
「あー……他言無用とセンセに厳命されてますんで、堪忍しとおくれやす」
 布陣や作戦を他所に漏らせば、テスト前の一週間、勉強する暇もないほど雑用として扱き使ってやる――と留守はかわいい生徒たちを脅していた。勉強する時間がなくなるのは迅も困るので、おとなしく命令に従うことにした。迅は決して天才ではないのだ。
 丹羽は迅の返答に、きょとんと首を傾けた。

「でも、誰が何に出るかって、結局風紀は把握しとかないといけないから知られんよ?」
「それは委員長と副委員長と学年リーダーだけやないですか。丹羽先輩リーダーと違いますやろ」
「いいじゃーん、ちょっとくらい!」
「そのちょっと、でテスト勉強出来へんようになったらたまりませんわ。留守センセ、絶対本気やし」
「ぐおおぅ……!」

 半分呆れながら言うと、丹羽が突然頭を抱えて蹲った。一瞬心配したが、うめき声がやけにわざとらしい。

「……どないしゃはったんです」
「うわー! 荘司君テストなんて知らない! 聞いてない!」

 本気で自分に言い聞かせるように叫ぶ丹羽に、迅は、ああ早少女や吉川と同じ類いか……と納得した。あの二人も留守がテストの話をしたとたん生気が抜け落ちていた。

「先輩って確か、Fクラスでしたよね。Fのテストって、俺らよりずいぶんやさしいって佑に聞きましたえ」
「やさしくない! スカイツリーのてっぺんから肉眼で地上に落とされた一粒のお米を探し出すくらいやさしくない!」

 それはずいぶんな難関だ。
 話の出所は晟だそうだが、生徒会長をつとめるような彼からすれば簡単だと評せるのだろう。Fクラスの当事者たちにとっては丹羽が言うほどの難関だとしても。

「スカイツリーか……」

 わざわざ京都から行くほどではないと迅は思っていたが、せっかく東京に出ているのだから一度くらい訪れてみてもいいだろうか。
 できれば弟妹たちと訪いたいものだが、なかなか難しいだろう。文化祭の外来日に呼ぶけれど、行っている時間はない。迅たちには振替休日があっても、弟妹は外来日の翌日は普通に学校がある。東京に泊まらせるわけにはいかない。
 どうしたものかな、と考えていると、丹羽に非難がましく名を呼ばれた。

「迅ちゃんいま、全然違うこと考えてたでしょぉ! 俺がこんなに苦しんでるのに!」
「勉強すればええだけやないですか」
「べんきょういやぁぁぁぁ! そうじくんあそぶのぉぉぉぉぉ」
「どこの幼児ですか」
「幼稚園の頃に帰りたいぃぃぃ」
「ほら立ってくださいよ。ぱっぱと見回りすまさな、委員長に怒られますえ」
「委員長(ボス)におこられるのもやだぁぁ……」

 どれだけテストが嫌なのか、いよいよ廊下に倒れ込んだ丹羽を促す。桂をダシにすると、丹羽は力なく起き上がってふらふらと歩きだした。
 丹羽の足取りは先程までよりも格段に重い。それで余計に時間がかかって、結局風紀室に戻る途中で丹羽の無線に桂の怒号が入り込んだのだった。

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