動きだす時間


 ロビーに併設されたラウンジで、迅と佑はとりとめのない話をしながら缶コーヒーを飲んでいた。
 夜も深まり始め、生徒たちが活動する喧噪はすでに遠い。事件の後片付けは風紀が手早くやってしまったし、風紀も一部始終を見ていたので事情聴取も簡単に終わった。
 夕食前には杉葉のスピーチがあって、滅多に見られない理事長の姿に生徒はスピーチが終わったあとどこか浮ついていた。ただしそれとなく脅し文句があったから、親衛隊の生徒たちはやや青ざめていたけれど。
 賑やかな時間も終えて、片付けも終えた。あとは入浴して寝て、明日学園に帰るだけだ。
 迅はコーヒーを嚥下したあと、しみじみと言った。

「たったの一泊二日やけど……何や今日だけで、色々あった気分になるなぁ」
「そうだな」

 朝にはわだかまりができて、昼間には解消して、ついでに佑は愛宗とも和解した。そして川崎の一件だ。佑は寄付金があったから退学にならなかったのではないと知れて、少し心の荷が軽くなったようだった。

「……迅が来て、よかった」
「うん?」
「迅と会わなきゃ、多分ずっと、前のままでいて……なんつうか、色々、動かなかったと思うし」

 照れ臭いのか、佑は迅から視線を外してぼそぼそと話す。

「後悔――してたかも。色々、気付けなかったり、得られなかったりで。望月のことも……」
「俺がなんだって?」
「っ?!」

 過剰に驚く佑は、どうやら人の足音が耳に入っていなかったらしい。
 佑の驚きように目を丸くしている晟に「何でもねえよ!」と八つ当たりのように怒鳴りつけて、佑は一気に缶コーヒーを飲み干した。

「何でもなく――……まあいいか。――心山」
「はい?」
「お前、風紀室の場所わかるか」
「……いいえ」

 いきなり問われて、迅は瞠目しつつも首を振る。まさか晟が場所を失念した訳でもないだろう。

「では、帰ったら、佑に連れて行ってもらえ」
「――はい?」
「どう言う事だよ。聴取は終わったろ。帰ってから改めて聴取するなんて、そんなめんどくせえこと、桂がするか」
「せんな。あいつ面倒くさがりだから。――そうではなく。心山、お前、風紀にご指名だ」
「はいぃ?」
「はあ?」

 二人揃って素っ頓狂な声を上げると、仲が良いなと晟が笑った。

「そりゃ、仲良うさせてもろてますけど……どういうことですやろか」「丹羽が推薦したとよ。いまの面子に面倒見のいいタイプがいねえとか、なんとかで」
「お節介なんは自覚ありますけど、俺、代表委員ですし」
「風紀は委員会の掛け持ちが認められているんだ。こういうふうに、交流会でわざと体力やら武力勝負のイベントやって、そこから使えそうな奴を見繕って指名するんでな」

 風紀の見定めるような視線は、それでか――。説明のときに見た光景に、迅はようやく納得がいった。では風紀委員の巡回も、半分は実際に委員の目で実力を測るためにあったのだろう。

「代表委員の仕事なんて、どうせクラスを取り仕切るか、号令かけるとかその程度なんだ。生徒会の手伝いもたまにはあるが。お前は副代表なんだから、風紀のほうをメインにしたって支障はなかろうよ」
「……今日のことを見れば、風紀委員に荒っぽいことのできる人間が必要やっちゅうんは、わかります。俺自身そこそこ喧嘩できる、っちゅう自負もあります。せやけど、ほんに、そこそこですえ?」
「そこそこで構わんから、元澄が丹羽の推薦を受け入れたのだろうが。四の五の言うな。どうで拒否権はないんだ」
「へえ……わかりました。学校に帰ったらって、帰ってすぐですやろか」
「休み明けの放課後でいいとよ。呼び出しかけると」
「つうか」

 面白くなさそうな顔をした佑が口を挟む。

「なんで風紀の話を、お前が持ってくるんだよ」
「ん? ああ……たまたまその話をしているときに顔を出したんで、会ったら伝えろと元澄に言われてな」
「パシリかよ」
「うるせえ。ってわけだ、風紀は変人の巣窟だが、頑張れよ、心山」
「はあ……」

 頑張る気を挫くような激励だった。
 丹羽は確かに変人といわれればそうかもしれないが、見たかんじでは秋大路や桂が変人だとは思えない。きっと晟はからかっているだけなのだろう。

「というかお前ら、さっさと部屋に――」
「四十九院!」

 戻れ、と注意しようとした晟を、慌ただしい足音と焦り声が遮った。エレベーターホールのほうを見ると、珍しく留守が慌てたように駆け寄ってくるところだった。普段見せない様子に、迅たちは揃って訝しむ。
 留守は佑の前まで来ると、荒くなった息を整える暇さえ惜しいといったように口を開いた。

「落ち着いて聞け。お前の親父さんが事故に遭った」
「は――」

 厳しい顔つきの留守から告げられた報せに、佑は目を見開いた。何の前触れもない急報に、佑はひどく狼狽えている。

「車で来た先生に車貸してもらったから、病院行くぞ。玄関前に回すから、外で待ってろ」
「あ……」

 佑の返答を聞きもせず、留守は急ぎ足で駐車場へ向かっていく。佑はその背を追うでもなく、ただ戸惑ったように立ち尽くしていた。

「佑」

 晟が声をかける。
 佑は眉根を寄せて晟を見上げた。

「行け」
「――けど」
「大丈夫だ」

 ふっと晟は笑って、迅に視線を寄越した。つられて佑も迅を見る。
 迅も晟の言いたいことがわかったので、安心させるように笑んだ。

「行き、佑。傷ついて帰ってきても、俺らがいるさかい」
「傷なんてすぐに忘れてしまうほど、溺愛してやるから心配するな」
「……大きなお世話だ、イモ野郎っ」

 佑は晟に言い捨てて、外まで駆けていく。
 ――父親に、佑のことが嫌いなら嫌いと、はっきり言わせよう。きっと自分はひどく落ち込むだろうけれど、そうしたら、迅や晟に存分に慰めて甘やかしてもらうのだ。

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