小さな終幕


 見知らぬ小柄な生徒から、迅は手紙を受け取った。その生徒は佑の親衛隊だと名乗ったが、去り際に妙な助言を残して行った。曰く――武力行使に出てきたら、適当にいなして時間を稼いでおけ。
 生徒の助言で、手紙の内容が呼び出しであることを悟った迅は、その場で封筒から中身を取り出し、手紙に目を通した。手紙には夕食二十分前に、ホテル裏手の木陰に来るよう指示があって、ご丁寧に簡単な地図が添えられていた。
 指定された場所に到着してから五分後――指定時間ちょうどに、迅の前に姿を現したのは、売店で遭遇した佑の親衛隊長と、先程手紙を渡してきた小柄な生徒だった。小柄のほうは、接触したときのふてぶてしい態度がなりを潜めて、おろおろとしきりにあたりを見回している。

「よく逃げないで来たじゃない」

 親衛隊長はひどく不機嫌に、苛立った様子で迅を見下した。

「佑の親衛隊長はん、ですか」
「そ。名前は必要ないでしょ? どうせあんたは、すぐにいなくなるもの。――っていうか、気安く佑を呼び捨てにしないでよね」
「ええやないですか。俺は佑とはダチですさかい」
「それがそもそも、おかしいのよ!」
 ある程度予想しての口答えだったが、案の定友達発言は彼の地雷を踏んだらしい。彼は般若のように顔を歪めて、金切り声で叫ぶ。

「どうして、あんたみたいな平凡な奴が佑の側にいるのを許されてるのよ! 昼間なんか、これ見よがしに手をつないで森から出て来て見せつけて! 付き合い長いらしい書記だって、拒絶されてるのに!」

 正しくは、拒絶されていた――だ。昼間その問題は解決された。だが正直に話したところで、この男の怒りを煽るだけなのは察せられたので、迅は大人しく、彼からまき散らされる憤激を聞いていた。

「佑は友達なんか作るような子じゃないのに! ずっと一人で、孤高で! だから私だって隣に行けなかったのに、それを望月もあんたも、急に出て来たくせに……!」

 ほとばしる激情のままに叫んでいた彼は、しかし爆発する直前に唇を噛んで俯き、すぐに暗澹とした眸で迅を睨みつけた。

「……何であれ、佑の孤高を穢すような奴は、いらないのよ。――出て来て!」

 彼が背後に向かって呼びかけると、木の影から柄が悪かったり、ガタイがよかったりする生徒が五人程現れた。そのどれもが、下卑た笑みを浮かべている。

「川崎ィ、そいつを叩きのめしたら、マジでやらせてくれんだろーな?」
「正直、佑以外だなんてイヤだけど、取引だからしょうがないわね」
「は、俺らに頼るしかねーくせに、生意気ィ」

 迅と川崎の間に立ちはだかった男らは、にやにやと粘着質に笑う。そのいやらしい笑いが癇に触ったらしい川崎は、苛立ったように怒鳴った。

「うるさい! いいからさっさと、その害虫を処分してよ!」
「へー、へー。やかましい乙女なこって。――ってわけで、悪いなァ外部生。お前個人に恨みつらみはなんら持たねー俺達だが、こちとら性欲旺盛な男子高校生でな」
「どうせヤんなら、中身は兎も角、見た目は女みてぇなほうがいいだろ?」

 いいだろう、と同意を求められても困る。同性をはけ口にすることについて、閉鎖的な環境であるから理解できないでもないが、迅はそれに染まるつもりはないのだ。なれ合う状況でもないだろう、そうですか……と曖昧な返事をするにとどめておいた。

「そんじゃ、悪く思うなよ!」

 一番近くにいた柄の悪い生徒が、振りかぶって拳を繰り出して来た。中速のそれは頬をめがけて飛んでくる。"喧嘩"よりも"弱いもの虐め"に慣れていそうな拳を、迅はあえて頬で受けた。ただし、まともにでない。当たる直前に一歩引いて、衝撃を緩和した。当たったように見えても、実はかすった程度だ。攻撃して来た生徒は入りが浅いことに気がついて、煩わし気に舌打ちをした。
 どうしてわざわざ、避けられたものを真面目に避けなかったかというと、正当防衛を成立させるためだった。小柄な生徒は気取ったらしい。適当にいなせと言ったろう……とでも言いた気に眉を顰めた。
 いなすにしても、五対一ではまったく反撃しないでいる、というわけにも、迅の程度ではいかないのだ。そもそも、複数人相手は得意ではない。
 泥沼覚悟で手を握り締めたその時、聞き覚えのない低い声が響いた。

「現場は総て見させてもらった!」

 裏口があるほうの木陰から姿を現した男性は凛々しく、覇気を備える美男だった。一歩後ろには怜悧そうな男性に秋大路、それと丹羽に似た雰囲気の生徒が控えている。
 きっちりと質の良いスーツを着こなし、意地悪そうに笑む男性の顔に、やはり見覚えは――思い直す。迅はどこかで、似た顔を見た事がある。

「え、う、嘘……」

 呆然と男を見ていた生徒達のなかから、川崎の魂の抜けたような声が聞こえた。

「理事長……」

 理事長、ということは彼が春宮司杉葉だろう。後ろにいる男性は、その守人か。道理で見た事があると思うはずだ、彼の顔は学園のパンフレットに写真があるし、双子の弟である春宮司家当主の顔も、ニュースで見かけることがあるのだから。
 川崎の呟きに、男はふふんと鼻を鳴らした。それから迅達の更に奥へ、出て来なさいと声をかける。
 声に強制され木の影から現れたのは、風紀委員長と、丹羽、他に風紀の腕章をつけた数名と、それから佑と愛宗だった。
 心配そうな、不安そうな目で佑が見てくるので、迅は以前佑が言っていた「利用する」という言葉が示すところを、何となく悟った。もしかすると、自分を囮にして川崎を引きずり出そうということだったのかもしれない。
 迅は気まずそうにしている佑に笑いかけた。共同戦線だと言ったのを忘れたか、と。それで佑は少し、肩の力を抜いた。

「そ、んな、どうして理事長が……海外にいるんじゃ……」
「一時帰国に決まっているだろう? 流石、生徒会と風紀の決定に従わないだけあって、頭の回転が鈍いな。これが後継者候補とは、川崎家には恐れ入る!」

 心地良いテノールが、笑顔であからさまな侮蔑を述べる光景が恐ろしい。侮辱された川崎は悔し気な顔をしながらも、すっかり青ざめている。

「君たちの処分に関しては、追って沙汰を出そう。それまで寮で謹慎していなさい」

 言って、杉葉は風紀委員を見渡した。その意図を汲んだ桂が、委員に川崎たちを連行させる。愛宗も桂に「手伝え」と引っ張られていった。去り際愛宗は迅を見て、いーっと歯を出していった。彼は一体何故風紀に同行していたのだろうか。

「っ佑……!」
「迅」

 救いを求めるように川崎は佑を見たが、佑は振り向きもせずに迅に駆け寄る。川崎はひどく絶望した様子で連行されていった。
 駆け寄って来た佑は、そうしたはいいけれども、何かを言おうと口を開いては閉じることを繰り返す。気まずそうな佑に、迅は苦笑する。

「共同戦線、やろ?」
「……ん」

 頭を撫でて言ってやれば、佑は安堵したようにはにかんだ。
 その微笑にきゅんとした迅の顔がだらしなく緩む。そのまま「うちのは子ぉはかいらしいなぁ」と頭を撫で続けていると、背後から軽い笑声が聞こえた。
 撫でるのをやめて振り向くと、杉葉が嬉しそうに笑っていて、迅は佑と顔を見合わせた。

「いやいや。四十九院君を退学にしないでよかったと思ってな」
「……どういう……?」

 佑が眉を顰める。退学にならなかったのは、父親が寄付金を積んだからではないのか。

「寄付金? 貰ったが、それは、事件よりも前だからな。私も志桜も、大金を積まれたから退学を取り消す、というようなことはしないさ。運営費には困らないし、敵は敵足り得ん」
「せやったら、どうして佑は……」
「そりゃ、四十九院君を大切に思う人達の嘆願があったし――ここにいれば、彼にとっていいことが起こるような気がしたのでね」

 杉葉は腰に手をあてて、悪戯っぽく笑う。

「いいこと、あったろう?」
「……はい」

 佑は、迅をちらりと見てから、杉葉の目を見て頷いた。


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