胎動を越えて


 川崎が部屋で荒れていた頃、生徒会と風紀の面子は夕食の手順と段取りのチェックが終わって、一息ついていたところだった。
 晟をはじめとした役員に佑、それと桂は、秋大路とその付き人の稲舟を囲んで壁際で険しい顔をしている。

「……で。なンだって急に、ここに来るって言うンだ」

 ただでさえの強面をいっそう顰めて、腕を組んだ桂が秋大路に問う。面倒事を面倒ゆえに厭う桂には、急な段取り変更も厭わしかった。が、それを口にすれば秋大路からの容赦ない報復が待っているだろうから、賢明な男は心中に留める。

「真意は私などには到底計り知れぬが、一時帰国と重なったゆえに……との仰せであった」
「ひょっとするとひょっとして――いや、俺なんかがその思惑を推し量ろうとするなんて分不相応も甚だしくて烏滸がましいんだけどサ。外部生絡み、かもよ〜」

 稲舟が珍しく真面目を覗かせて言った。稲舟は義隆や丹羽の同類だから間延びした話し方をするが、だから少しだけ滲ませる真面目さが、その推測に信憑性をもたせた。

「羽鳥」
「……っと。申し訳ございません、涼月様」

 ちらりと向けられた秋大路の目が、弁えろと告げていた。するりと優雅に腰を折った稲舟に、秋大路は軽く溜息をつく。

「でも、涼月様も同意見ですよね〜?」

 顔を上げて悪びれなく続ける稲舟に、もう一度冷えた視線をくれてやったが、言っても無駄だろうと思い直して、秋大路は渋々頷いた。

「外部生……そうか、再来の危惧か」
「で、あろうな。帰国が重なったのは事実であろうが、だからといってこちらに顔を出しているほど、自由のきくお方ではないゆえ」
「そもそも、こーりゅーかいにいちいち顔出さなかったし、やーっぱむねたんのこと、けーかいしてる気?」
「だろう。報告はいっているはずだが、御自らの目で確かめる……というところかもしれぬな」

 何にしても……と、一度秋大路は言葉を区切る。

「このように思惑を推察するなど、不敬もいいところだ。私はあの方をお待ち申し上げる。行くぞ、羽鳥」
「はーい」

 秋大路と稲舟が輪から抜けた丁度そのとき、桂の携帯が震えた。ポケットから取り出して確認すると、一件の新着メールがあった。

「……」
「元澄?」
「川崎が動く」
「っ!」

 反応を一番示したのは、やはり佑だった。すぐに踵を返そうとするが、晟に阻まれる。

「ホテル裏手の人気のないところへ呼び出したらしい。今からだと三十分後だな。報告の限りじゃ、武力行使に出るようだ」
「複数人、勿論用意するだろうな」

 晟の言に頷く。

「あァ。だが、あまりに大人数を動かせばこっちに怪しまれるってのは、いくらなんでも気付くだろう。恐らく、多くて五人程度」
「五人……。そいつらの力量にもよるけど、心山だったら凌げそうっすね。あいつ、避けんのうまいから」
「俺は風紀を連れて現場で待機する。……問題児、来たきゃ来い。ただし、現行犯を押さえるまで気取られるな」
「……わかった」

 どこからの情報なのか、聞きたそうな視線を桂は感じたが黙殺した。風紀でもとりわけ腕のたつ数名に子細をメールで送信しながら、桂は大広間を出るべく足早に歩を進めた。

「会長、俺も行っていいすか」

 意外な人物の声が、桂を追った佑の耳に届く。佑は思わずといった風に足を止め、背後を振り返った。

「チカが? ……いいぜ、心配だというなら許す。ただ、元澄の邪魔するとあとが恐いぞ」
「ンなヘマしませんよ。――行こうぜ、佑」
「あ、ああ……」

 あれだけ敵視していたのに、どういう心境の変化だ――。訝ったが、口を挟む気もせず、佑は愛宗と連れ立ってホテル裏手へと向かった。裏口に集合した風紀と合流し、桂が放った監視から川崎と迅が動いたことを知らされてようやく、佑らは気配を絶ちながら、対峙する二人に迫った。
 そこは深く木が生い茂り、ホテル上階からの目は枝葉が覆い隠し、周囲は太い幹たちが狭い間隔で視界を遮り、潜む場所を与えている。後ろめたいことをするのには、絶好の地形だった。

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