其れは警鐘か、


「え? 希望なし? 何それ何なのばかなの死ぬの」
「……無欲をそうまで言うこたなかろうが」

 タグ収集数が一等多かったのは晟と佑のペアだったが、二人そろって希望がなかったので、実行委員長に白眼視されていた。
 イベントを盛り上げたいという委員長の猛攻に、晟が暫く考えた末に佑の幼少の写真を望んだので、その場は収まった。もちろん、佑は盛大に反対したが、これは聞き入られることはなかった。
 ゲームが終わってからは、一般生徒には夕食まで自由時間が与えられ、生徒会と風紀、実行委員は、立食パーティーの準備に追われる。本来代表委員もこれに加わる筈であったが、何がしかの理由によって外された。
 というわけだから、迅は小野崎と連れ立って、ホテルの売店を彷徨いている。完全に上流階級向けの高級ホテルなので、売店というのも憚られる品格を持っているが、兎に角そこは売店だった。案内図にそうやって記されているから、このホテルを経営する春宮司の人間には、どれだけ広く上品な内装であろうが、売店程度なのだろう。世界有数の名家で大家たる春宮司という家の感覚は、まったく計り知れないものである。

「なに熱心に見てんの、心山」

 日持ちする菓子類を眺めていると、小野崎が背中から覗き込んで来た。

「んん? あー、家族やらに何ぞ土産でもと思て」
「土産かあ。俺も、送ろうかな。滅多じゃそんなことしねえから、絶対気持ち悪がられるけど」
「はは。たまには、ええやんか。だとしても、息災の便りなら、喜ばはるのと違うの」
「かもな。心山のとこって、家族どんなかんじ。仲良い?」
「ええと思うな。弟妹が五人おって、騒がしいけど」
「五人? じゃあ心山入れて、六人きょうだいか。大家族じゃん」
「まあ、そこそこな。一番上でもまだ小六やから、あこ辺りの高いの送るのもな、と思て、菓子見とるんやけど」

 しかし長女の光は、そろそろ洒落たものを欲しがる年齢だなと思うと、ブランドもののほうを見に行こうかともするのだが、小学生のうちから高級品を与えすぎるのもよくないと、その都度自制する。

「……なんか、心山ってお母さんな」
「ははは……。チビらの世話は、ほとんど俺がしとったさかいなぁ……」

 しみじみ言われた言葉に苦笑を返し、迅は手にしていたシガールの箱をもう三つ重ねる。とりあえず、今回は一律菓子で済ませることにした。一、二箱は、次男の雷が伯楽の彼らに言わずとも届けてくれるだろう。
 では会計に向かおう、と振り向いた瞬間だった。

「あっ……」
「っと、」

 とん、と軽い衝撃が、腕にあった。肩のあたりから他人の声がして、視線を遣る。それで人にぶつかったのだ、と気がついた。

「すんまへん、怪我してはりまへんか」
「あ、うん、大丈夫ぅ」

 ぶつかった相手は華やかげな少女――に見えたが、よく見れば体のつくりが男のものだ。
 その少年は、衝突した迅の二の腕のあたりに手を添え迅を見上げて微笑んだ。

「ごめんねぇ、こっちも余所見してたから、ぶつかっちゃった」
「あ、いや……俺も周り確認せんと動いたさかいに」
「うふふ。気にしないで。じゃあね――心山君」
「ッ……、」

 去り際、少年は添えた手で爪を立てた。学ランごしだったので大したこともないが、でなければ爪痕のひとつも刻まれたろう。
 それほどの――敵意だった。
 連れらしい小柄な生徒を伴って立ち去る背中を見る迅に、小野崎が幾ばくか硬い声で囁く。

「あの女装のほう、四十九院の親衛隊長だ」
「へ」
「連れのほうも確か、四十九院の親衛隊だな」
「……よう知ってはんな」
「攻めも守りも情報ありき、ってな。……さて、俺も土産見てくるかぁ。会計済んだら、先帰ってていいぜ。時間かかるし」
「ん? あぁ、そう言わはるなら、そうさせてもらうわ」
「おー。じゃ、夕飯でな!」

 笑って別のコーナーを見に行く小野崎に手を振って、迅は今度こそレジに足を向けた。

(――……、アレが佑んとこの、なぁ)

 風紀の脅しが有効な相手では、なさそうだった。

(気ぃ引き締めとかんと……)



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