気まずい心地で軽く手を挙げる。
 何故ここに……と言いたげな迅と愛宗の顔から視線を逸らした。く、と隣から笑いを堪える音が漏れて、佑はそちらを見上げて睨む。

「……何笑ってんだ芋野郎」
「いいや?」
「うぜぇ……」
「だから言ったろう、怒っていると思っているのかと」
「うるせえ」

 晟の問い掛けの真意の通り、迅は怒っても呆れてもいなかった。それどころか「うちの子」発言だ。
 見捨てられなくて良かった――と、佑は自覚なく心から安堵した。

「……迅、その……」
「――すまん!」
「は?」

 朝は悪かった……と言おうと一歩近寄るなり、愛宗から手を離した迅が勢い良く頭を下げた。――どういうことだ。目を瞬かせる。

「ちょっと虫の居所が悪かったからって、酷いこと言うてすまんかった!」
「い、いや、俺……」
「先輩に調子ええこと言っといて、俺こそ昔のことに拘って佑を傷付けてもうて……本ッ……当に悪かった! 謝っても許さへんっちゅうなら、何やったら殴ってくれはってもええ。それでも気ぃが済まんなら、俺なんぞほっぽってダチやめたかてかまへん」
「――っざけんな!」

 見限ってくれて構わない、と言った迅に腹が立って、直角に腰を曲げたままの迅の肩を蹴り飛ばした。口より先に手が――もとい足が出る、これも悪い癖だ。
 蹴飛ばされた迅は寄ってきていた愛宗を巻き込んで倒れ込む。仰向けに倒れた愛宗の襟元から、ドッグタグが零れ出た。
 上体を起こした迅は、瞠目して佑を見上げる。

「何でこんな時だけ人の話聞かねえんだよ! ダチやめても構わねえとか、ふざけんじゃねえぞ! ここは、それでもダチやめねえで最後まで面倒見るって言い切れ、この、馬鹿がッ!」
「佑……」

 実にさり気なくうちの子発言を甘受しているが、気付いたのは晟と丹羽だけだった。
 丹羽はにやつこうとして失敗する。――佑が、あまりにも泣き出しそうな顔をしていたので。

「自分だけ謝って、自己満で終わらすなよ……俺だって悪いって思って、謝ろうと思ってたのに……。お前が一方的に謝罪押しつけてそれで終わらそうとしちゃ、俺はどうすりゃいいんだよ……」

 見知らぬ土地で迷子になった子供のように立ち竦む佑の眸から、とうとう涙が零れていった。
 誰も初めて見る佑の涙に、佑は泣いた自分に驚いた。咄嗟に袖で目許を擦る佑の手を晟が止め、背中から抱き込んで目を覆ってやった。
 ここに至って漸く、迅はいつぞやのあの女と同じことを仕出かすところであったことに気がついた。
 ショックと不甲斐なさで目眩を覚えた迅に、晟が見かねて助け舟を出す。

「……だと言うことだが? まさかこのまま佑をさまよわせておくでもないだろう、心山」
「……あ、……」
「佑」

 耳元に囁きかける。佑はびくりと身体を震わして、それからややあって目許を覆う晟の手を退かし、腕の中から抜け出た。

「その……今朝は、悪かった……。自分のことばっか考えて、迅が機嫌悪いとか全然見てないで……」
「……ええんよ。俺かて余裕あらへんかったんや。酷いこと言うて、傷付けてすまんかったなぁ、堪忍なぁ、佑」
「……ん」

 迅は立ち上がって、労るように佑の頭を撫でた。

「村上にも詫びとかんとな。何やえろぅ心配させてしもうた」
「ん」
「一件落着ぅ〜?」

 ほのぼのした空気に、下から暢気な声が割り込んだ。佑と迅は一度目を合わせて、それから丹羽に頷いた。

「そしたら、もう一件も落着させちゃおっかぁ。ねぇ……、あ、い、ちゃ、ん」

 揶揄する視線の先には、未だ座り込んだままの愛宗があった。
 愛宗は立ち上がり、怖ず怖ず佑の前に行く。

「…………佑……お、俺、その……わ、悪い……。不愉快な思いさせてて……その……独りであることを強要して」
「ほんとだよねぇ。佑を構いたくて仕方ない俺でさえ、佑が孤高だぁなんて思い込まなかったのにぃ」

 腕試しがどうこうと迅に襲いかかったのは、純粋に気になったからだった。
 何故今まであまり人を寄せ付けないでいた佑が、急に誰かと連んだり群れたりし出したのか。一体どうやって迅が、佑を巣から引きずり出したのか。
 触れてみれば何のことはない、捨てられた野良猫が越してきた人間に懐いただけのことだったが。

「てめっ、茶化すな丹羽ァ!」
「だって佑ってどう見ても飼い主に捨てられてひねくれた野良猫なのにぃ。あいちゃんだけだよぉ、悖戻で佑が一匹狼だーなんて主張してるのぉ」
「んなっ……」
「餌やろうとして振られただけなのにぃ、一匹狼だから仕方ないとか思い込むしぃ」
「だったら何だったんだよあのリンチ!」
「えぇー、あいちゃん起きたまま夢見てるみたいだったからぁ、起こしたげよと思ってぇ」
「はあぁ?!」

 丹羽と愛宗が騒ぐ横で、佑はやるせないような顔をして呟く。

「……野良猫……」
「的を射ているな」
「すまん、俺も最初捨て猫や思た」

 周囲を嫌って威嚇していたようなことも、その周囲からしてみれば、その程度のことだったらしい。

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