※「ねー、避けてばっかいないでくんないかなぁっ、心山君」
苛々と、丹羽は舌打ちしながら迅の顔面を狙って蹴りを繰り出す。
――また、避けられた。攻撃に転じる度、すんでのところでかわされる。
丹羽の攻めよりも、迅の反応の方が若干速いらしい。――気に食わない。
佑には適わないが、丹羽だとて速攻のスタイルだから、それがギリギリ通用しないと言うのは、非常に腹が立つ。完全に迅が上手だというのなら、まだ諦めもつくが。
「何で君なのかなぁ、ねぇ、心山君ッ」
「何が、ですかッ」
「佑のことに決まってるじゃぁん。何で佑は君に懐いてんの、佑より弱いのにッ、佑に何したの」
「別段ッ、何もしてませんッ」
焦れた。得意の足技ではなく、握り締めた拳を繰り出した。――それがいけなかった。
「う、わぁッ?!」
「丹羽!」
丹羽の焦りを的確に見極めた迅は、顔目掛けて飛んできた拳を捕らえた。丹羽が怯んだ隙に拳から袖に持ち替え、胸座を掴んで半回転、そうして丹羽を担ぐように投げる。詰まるところ、背負い投げだ。
一瞬で綺麗に投げられた丹羽は襟を押さえられたまま目を瞬かせる。ややあって、ふと気付いた。――背中が、べったりと地面についている。
「撃退、されちゃった……系?」
「先輩がルールを守らはるなら、そうなりますな」
「……あーい、俺の負けですよー。ルール破ったのバレたら副委員長恐いしぃ。タグあげますー。だから離してぇ」
自由な方の腕を持ち上げて手をひらひら振れば、迅はあっさりと丹羽を解放した。手を差し出されたが丹羽は受け取らずに上体を起こし、その場で胡座をかいた。
「先輩は、佑とは知り合いなんですか?」
「そーだよぅ。ってかぁ、俺、悖戻の副長だしぃ」
「は……そう、やったんですか」
「そー。ちなみに、知ってると思うけど、そこでビビってるあいちゃんはギリちょん幹部の一人ねぇ。佑に自分のイメージ押し付けて嫌われてやんのぉ、やーいざまーみろ〜」
「てめっ、丹羽ァァ!!!」
態と嫌いな渾名で呼んで傷に塩を塗ってやれば、愛宗は激高して殴りかかろうとしてきた。一瞥すれば、ぎくりと身体を硬くして振り上げた拳をゆるゆる下げる。
過去に一度、丹羽は愛宗に対して教育的指導――と言う名の私刑――を施している。丁度佑が愛宗をはねつけた頃に。
以来愛宗は、丹羽の意味ありげな視線ひとつに怯えるようになった。……にも関わらず、相変わらず佑に幻想を押しつけているようだが。
もう一度教育が必要かと思いながら愛宗を見ていると、愛宗は顔面蒼白になって迅の背後にさり気なく隠れた。興味が失せて、迅に視線を戻す。
「ッてかぁ、ほんと、佑に何したの、心山君ってば」
「せやから、特別なことは何も……」
「そーじゃなくてぇ。今朝ぁ」
「そうだッ、心山てめえ、何佑と変な空気になってやがんだ、この平凡野郎!」
「もー、あいちゃんうるさい。口挟まないでぇ。……そんで? 佑に何してくれちゃったの」
「あー……」
迅は言いにくそうに顔を苦くして、後頭部を雑に掻いた。
暫く視線をさまよわせるので愛宗がまた突っかかろうとしたが、丹羽の一瞥で引っ込んだ。
「喧嘩……っちゅうか、八つ当たりしてもうたっちゅうか……」
「八つ当たりぃ?」
「嫌な夢見て、気ぃが立っとって……そんで佑の夢の話が丁度悪い具合でして、つい、酷いこと言うてしもて」
「夢なんかの話で佑に難癖つけやがったのか、てめえ!」
「あいちゃんうるせぇっつーの、黙れしぃ」
「いっ……いいや、俺は言う! 心山てめえ、佑に気に入られてるくせに、佑のこと惑わしやがって!」
「まあ……申し開きもでけしまへんなぁ」
「……ッ俺がどんなに追いかけても佑は表情ひとつ変えねえのに! 何でぽっと出のてめえなんかの言葉で佑は心を動かすんだよ!」
それは愛宗が、佑に「孤高の一匹狼」像を押しつけているからだ……と丹羽は思ったが、黙って成り行きを見守ることにした。近づいてくる気配のためにも、黙しておいたほうが良いだろう。
胸座を掴まれた迅は至って平静な目で愛宗を見据える。
「……佑は、変わろうとしたはります。なしてそれを、先輩は認めてやらんのですか」
「な……た、佑は孤高の存在なのにっ、それをお前が無理やり」
「本当に変わるんが嫌やったら、佑は俺なんぞ歯牙にもかけんのと違いますか」
愛宗に興味を示さないのと同じように。
言外に言われた愛宗は逆上して、無抵抗の迅の頬を思い切り殴りつけた。
然りとて迅は心を揺らすこともなく、ただ真っ直ぐに愛宗を見る。
「なして昔に拘って、今の佑を、佑の勇気を否定しゃはるんです。せっかく踏み出した一歩を否定されたら、佑だって悲しいに決まっとりますやろ。先輩が佑に嫌われたかて、しゃぁないのと違いますか」
「なッ……!」
「……過去に縋って何になるんや。今あんたの前に生きたはるのは、あんたの幻想と違う! 恐々、それでも一歩ずつ踏み出したはる"今の"佑や! あんたの幻想押しつけて、うちの子ぉの足引っ張るんやない!」
胸座を掴み返してぴしゃりと言い切った迅に、愛宗も丹羽も目を瞬かせた。
「……うちの子って……」
呆然と呟かれた第三者の声に、揃って声のした方を向くと、そこには口元を覆ってそっぽを向く晟と、複雑そうに顔を歪めた佑が立っていた。
「――た、佑?!」
「……よう」
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