配布されたタグはチェーンから外さないように、と貰い受けた時に説明された。奪ったタグからは黒いゴムのカバーを外すように、とも。
多分、カバーを外すことで奪取が本部に伝わる仕組みになっているのだろう。迅は掌に乗せたタグをしげしげ眺めながら推測する。
「おい、首にかけとけよ。もう争奪していい区域入ってんだぞ」
迅と愛宗は複数ある入り口のひとつ、正面ルートに分けられた。そこから一ペアずつ二分おきに入り、入り口から約二十メートル付近からが、本当のスタート地点だった。
一般の来園者が迷わないように遊歩道がある以外は本当に森林で、天然の迷路だ。どこから他ペアが現れるかは、まったくわからない。ただでさえ、森は戦いにくい。
本格的に迷ってどうにもならなくなった場合は、携帯で本部に救援要請をするようになっている。その場合勿論棄権扱いだが、人生から棄権する羽目になるよりはマシというものだろう。
「あぁ……へぇ。つか、俺がしてええんですか」
「何でだよ」
「先輩のほうが、狙われにくいのと違います? 生徒会しゃはってますし。俺は色々睨まれとりますよって、手ぇ出しやすいと思いますえ。まあ、さっさと終わりにしゃはりたいんなら、それも構わんと思いますけど」
「……貸せッ」
一瞬むっとした顔で逡巡してから、愛宗は迅からタグを引ったくった。
そうしてそのまま、無言で遊歩道を逸れて森の奥へと突き進んでいくので、これは迷うな……と思いながらも、迅は愛宗の背を追った。
ずんずんと肩を怒らせ直進していた愛宗が、俄に振り返らず言葉を投げつけてきた。
「伯楽だろうが何だろうがッ、俺の邪魔しやがったらただじゃおかねえぞっ、この平凡!」
「それやったら、俺は誰かに出会したらひたすら逃げときますわ」
「あぁ?! 舐めてんのか、てめえ!」
愛宗はいよいよ立ち止まって、凄い形相で振り向いた。
「余計な手出しをするな、っちゅう意味やないんですか」
「………………」
「とりあえず言わはっただけですか」
「う……うるせえ! 何なんだよてめえはっ、生意気なんだよ!」
「あんまり怒鳴り散らさんでもらえますやろか。人に居場所教えるようなもんですやん」
「ぐ……っ! てめえ平凡のくせにマジ生意気……っ」
敢えて騒いでおびき寄せようというのなら、それでも構わないが。
特段作戦で大声を出していた訳でもないらしい愛宗は、今にも迅をかみ殺しそうな顔をして声量を絞った。
「――ざーんねぇん。もう遅いんだなぁ、これが」
「――ッ先輩!」
「ッ……!!」
割って入った軽薄な声のすぐ後、愛宗の後頭部を狙って鋭く空を切る音がした。
咄嗟に殆ど本能で襲撃を回避した愛宗だったが、声の言うとおり――遅かった。
「っ、ク、ソ……てめっ、丹羽(にわ)ァ!」
頭を蹴り飛ばされた愛宗はすぐ側の木に叩き付けられ、だが何とか自立して襲撃者をねめつけた。
完璧に死角から、しかも気配を消して忍び寄った丹羽なる金髪の生徒を、迅は見据える。そうして声と同じで軽薄そうな、或いは酷薄そうな顔立ちをした彼の右腕に存在する腕章に気がついた。
「風紀のくせに、奇襲してくんじゃねえ! ざけてんのか!」
「うっふふ、気付かない方が悪いんだよぉ。立ってるのもやっとの小童ちゃんが、お偉いさんに生意気な口利かないでねぇ。って言うかぁ、ちょっと黙ってようかぁ、あ、い、ちゃ、ん?」
「てめえっ!!!」
「――チカちゃん? この俺に、逆らうの?」
「ッ……」
丹羽が僅かに目を細めて愛宗を見やった途端、愛宗は青ざめて後退り、先程叩き付けられた木に凭れるように立ち竦んだ。
「うんうん、いい子ちゃん。――で、はじめましてぇ、心山迅君。俺は風紀委員の丹羽荘司(そうじ)。お庭掃除とか言ったらぶち殺すからねぇ」
「は、はぁ……」
「俺ねぇ、ずぅっと君に会ってみたかったんだよぉ」
「俺に……ですか?」
「うん、君に。どうしてかって言うとねぇ――」
「ッ?!」
「避けろ、心山ッ!」
一瞬で友好的だった丹羽の眸が、ひどく残酷な捕食者のそれになった。瞬時に危険を感じて、愛宗が叫ぶより早く跳び退さる。鼻先を、鋭利な空気が掠めた。
いきなりのことに驚愕と呆然が混ざった心境で丹羽に視線を戻せば、彼は蹴りをし終えた体勢から脚を下げるところだった。
――あとコンマ一秒でも遅かったなら、愛宗と同じ目に遭っていただろう。
丹羽は緩く穿いたズボンのポケットに両手を突っ込んで、緩く、しかし捕食者のまま笑った。
「俺たちの佑に気に入られた伯楽幹部の腕試しを、したかったからなんだよね」
言った丹羽の笑貌は――暗く、冷たい。
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