深々と


 結局気まずいまま交流会開会式の準備は終わり、佑は生徒会側、迅は一般生徒側で交流会の幕開けを迎えた。
 ホテルで過ごす上での注意事項やらを聞き、今は開会式終了から十分ほど後に行われるレクリエーションの説明がされている。主に社交パーティーなどに使用されるという広間のステージでマイクを持っているのは瑰奇だ。他の面子は舞台袖に控えている。

「――今年のレクリエーションは、ホテル裏手にある森林公園を使ったドッグタグ収集戦だ。その名の通り、ペアで協力し合ってより多くのドッグタグを収集するゲームだな」

 淀みなくすらすらと説明をこなす瑰奇を見て、迅は「そう言えば彼も要職なのだった」と何とも失礼な感想を抱いた。今まで変人なところしか見たことがなかったので、瑰奇が副会長であると言うことを失念しがちなのだった。

「開始前に配布するドッグタグは一ペアに一つ、これにはペアの認識番号が彫られてある。このタグを奪われたペアはその時点で失格となる。奪取手段は問わないが、タグを所持している方の背中が土に付けられた場合そのペアは強制的に敗北となる。復活チャンスは与えられない。タグを失っておきながら、所持者からタグを奪って戦線復帰、といった不正は断じて許されない。"配布されたタグ"を失えば即失格、これを歪める馬鹿は相応のペナルティーを覚悟しておくように。最初のタグには奪われればすぐ本部に伝わるよう仕掛けも施してあるし……鬼風紀も監視しているからな、滅多は考えないことだ」

 瑰奇は風紀の席にいる灰の髪をした生徒を、揶揄するように見やった。一般生徒も殆どが彼に恐々と視線を送る。灰の髪の彼は、鬱陶しげに眉を顰めた。
 鬼風紀と呼ばれた彼は、随分と生徒に恐れられているらしい。

「さて、次に景品の話だが。ゲーム終了時のタグ収集数が一等多かったペアは、良識と常識の範囲内で希望が叶えられるので、まあ必死になるのも良いだろう。終了まで生き残ったペアには、食堂の利用が一度だけ無料になる努力賞が用意されている」

 鬼風紀とやらへの恐れに支配されていた空間が、その一瞬で沸いた。
 希望が叶えられる、と言うのと、一度だけでも食堂利用が無料と言うのに心を躍らせたのは、大体半々のようだった。
 迅は特に希望もないので、食堂無料が得られたら儲けものだな……とぼんやり思った。愛宗が参加しないと言ったら、それまでだが。
「――しかしこちらも、そう易々無料券を大盤振る舞いしてやるつもりはない」

 生徒達、取り分け体育会系のそれらの士気の揚がりようを一瞥した瑰奇は、心底楽しそうに唇を歪めた。
 広間は、瑰奇の台詞にまた静まり返る。近くで誰かが唾を飲んだ。

「監視要員として風紀が見回っているのだがな。……これらに正面から遭遇した場合、風紀はお前達を狩ることだろう。そして風紀に狩られた場合、タグは総て没収――つまり失格だ」

 殆どが、呆然とした。

「風紀からタグを死守するには、彼らを撃退するほかない。撃退判定は一般ペアと同じで、風紀の背を土につけること。とにかく背中から倒れさせればいい。簡単だろう」

 事も無げに言ってのけた瑰奇に、大半の心が一つになった。
 ――簡単じゃねえよ、である。
 風紀委員といえば、腕っ節の強い輩の巣窟であるから、普通の生徒にしてみれば「無理ゲー」というものだ。
 迅はと言えば、よほど強い相手と出会さなければ大丈夫だろう、と楽観視している。ペアの愛宗も佑のチームで幹部をしていたのだから、協力出来れば何とかなるはずだと。……果たして愛宗と協力出来るのかは、果てしなく疑問だが。

「ちなみに、風紀もドッグタグを所持している。この風紀委員のタグを終了時に所持していたペアには、一枚につき十枚分のボーナスが加算されることを付け加えておこう。地道に集めるか、風紀を逆に狩るかは……お前達の自由だ」

 にたり、と、瑰奇は人の悪い笑みを作る。生徒達の心が揺れ動いているのが、迅には何となく伝わった。
 風紀を避け身を隠しながら生き残るか、それとも賭けに出て風紀のタグを狙うか。
 しかし風紀のタグを得たところで、一位になれなければ骨折り損だ。どれだけ集めて生き残っても、食堂無料は一度きり――。だったら身を潜めていたほうが、良いのではないか。

「ああ――そうだ。景品について一つ伝え忘れていた。食堂の無料券だが、これは実はタグの枚数によって無料回数が増えるんだ。二十枚なら二回、三十枚なら三回……と言った風にな。タグを集めれば集めるほど、つまり努力は報われるということだ」

 伝え忘れた――などと、よくもぬけぬけと言う。明らかに瑰奇――ひいては生徒会、或いは風紀は、生徒が風紀委員に立ち向かうように仕向けている。風紀委員に、でなくとも、タグを奪おうとするように。
 彼らの目的は不明だが、いずれ思惑があるのには違いない。でなければ、風紀の面々がああも見定めるような眸で、再び沸き立った生徒を見はすまい。

「最後に、風紀委員長から注意事項」

 相変わらず完全に面白がっている眸で、瑰奇は彼にマイクを手渡した。

「風紀委員長の桂元澄だ。わかってるだろうが、争奪戦にかこつけたリンチ、強姦などの暴行、及び親衛隊の制裁行為は厳禁だ。事件が発覚した場合は加害者誰一人として逃さず罰する。無論発覚しない、と言うことも有り得ねェッつうことを、よく覚えておけ」

 やたら巻き舌の桂の声は、その口調と強面も相まって、再度会場を恐れでもってしんとさせた。
 桂からマイクを返された瑰奇はそんな会場を見渡し、開会式の終了を告げた。

「――では、十分後にゲームを開始する。それまでに全員森林公園の正面入り口に集合しておくように。以上だ」

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