部屋を飛び出した迅は、とりあえず朝食を確保しにコンビニへ足を運んだ。利用者は存外と多く、ちらちらと刺さる視線が、今の迅にはひどく鬱陶しく感じられた。
 普段も敵意の籠ったものは受けているが、愛宗とペアになってよりは数が増えた。手紙の量は増えるし、時折机に攻撃的な言葉を持つ花が一輪置いてあるし、忠告だという呼び出しもされた。
 それらすべてが、この上なく鬱陶しい。――苛ついている。佑にではなく、身勝手な感情を佑にぶつけてしまった自分に。
 ――羨ましかった。親子三人での思い出がある佑が。母親が出ていったことで揶揄されたことも少なからずあったから、余計だった。

(片付いたと思っとったんやけどな……)

 二人目の母が出来てからは、きちんと《家族》での思い出があるから、それで十分だと迅は思っていた。産みの母より、育ての母のほうが人間ができているし、子供の世話をしっかりと出来る人だった。出て行った女は最初からいなかったことにしよう、とまで思ったこともある。
 そうやって――思い出がないことには整理をしたつもりだった。

(実際のとこは、目ぇに見えへんとこに押し込めとっただけ……か)

 長い間それに気付かず――気付こうともせず過ごしていたらしい。
 整然と陳列された惣菜パンの前で、迅は重く溜め息を吐いた。

(追いすがってみれば良かったかも知らんなぁ……)

 そうして言葉ではっきりと拒絶されれば、整理できたかも知れない。邪魔をするな、ではなく、要らない、と切り捨てられれば。
 あの母が最後に投げた言葉も拒絶だろうが、子供の迅にとっては明確なそれではなかった。だから多分こうして、ぐずぐずと心中に未練がましく妙な想いが息衝いている。
 迅は鬱々とした心地でもう一度溜め息をついて、棚にあるパンをひとつ、見もせずに手に取った。それからペットボトルの飲料を適当に選んで会計をして、部屋には戻らず、寮の外の木陰で朝食をとる。パンはやたらに味が濃くて、食べるのに難儀した。
 ようやく食べ終えてから緑茶で口を直して、迅は芝生に座り込んだまま碧落の空を睨み付けた。――気分とかけ離れすぎていて、晴天がいっそ恨めしい。

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