「……早ぇな」
「そりゃ、こっちの台詞や。……起きひんやろと思っとったさかい、朝飯用意してへんし……」
なんとか、平静を装う。多少不具合があっても、驚きによるものだと思うはずだ。
ぼんやりとしたままの佑はドアの枠によりかかって動かない。それに首を傾けつつも、迅は荷物のチェックを再開させた。
迅に一拍遅れて、佑がぼうとしながら口を開いた。
「……なんか、夢見た」
「さよか」
「昔の、小さい時の夢、だった……」
幼少の夢、ときいて、迅は確認の手を止める。
自分が昔の夢を見たのとほぼ同じ時間に、佑も昔の夢を見ていた偶然に、今度は純粋に驚いた。
「昔、は……ぜんぜん、予想もしてなかった」
こんなに捩れた関係になることを……と、佑は複雑そうな声でこぼした。
「すっげえ長いアレ……ガラガラうっさい滑り台、滑ったんだ。親父と一緒に。母親が、柵のむこうで手を振って、ふたりで振り返して」
佑が言っているのは恐らく、ローラー滑り台のことだろう。迅の地元の公園にもあって、普通のそれより人気だった。
「ほか、にも、プール家族で行ったり、少し遠出して水族園行ったり、した。園児のころ、俺はほんとうに構ってもらえるのが嬉しかった」
自分の心情を整理するかのように、佑は語る。迅はただ無言でそれを半分聞く。口を開けば、身勝手な感情でひどいことを言ってしまいそうで。
迅には、両親と出掛けた経験などない。隼人は多忙だったし、母親はそもそも子供に興味を持たなかったから。隼人と二人で――ということはあっても、親子で、など一度たりともなかった。
「……迅?」
スポーツバックの縁を握り締める手を見てか、佑が訝しげに首を傾けた。
はっとして、迅は手を放す。
「あー、俺も起きたばかりやさかい、ぼうとしとった」
「……顔、強張ってる。俺、なにか」
「どうもせんて。……朝飯作るわ。簡単にトーストでええか? チーズ乗せよな、好きやろ?」
「迅っ!」
取り縋る佑の手をやんわり剥がして、朝食を作ってしまおうとキッチンに向かう。
それでも佑が追って来たから妙に苛ついて、振り向いて、つい非道いことを言ってしまった。
「……実の両親との思い出があるだけ佑はええやろ。産みのおかあちゃんにも心配してもろてるくせに、」
「っ……」
「……あ、」
――口をついて、では済まされないことを言った。言われた佑は、まさか迅にあんなことを言われるとは思っていなかったのか、愕然としたような、傷ついたような顔をしている。
後悔して口元を覆うが、発言は〔なかったこと〕になどできはしない。
「――すまん、気がたっとった」
「あ……迅」
「頭冷やしてくるわ」
「迅っ」
呼び止めようとかけられた佑の声を無視して、迅はカードキーと携帯だけを持って、部屋を出た。
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