耳に届く電子音を、迅はどうするでもなく聞き流す。薄暗い私室、そのベッドの上で、目を開けたときのまま天井をぼうと見詰めた。
――いやな、夢を見た。
思い出す事さえ不快で、些か乱暴に音――アラームを止める。
「……あかん。良ぉないわ……良ぉない」
まったくもって良くない。昔の夢を見たあとは、どうしても心が刺々しくなってしまう。
こんな心地のまま佑と顔を合わせたら、彼に何を言ってしまう事かわからない。
銀蘭(ここ)に来た日に聞いた佑の母親の聲は、ほんとうに真実佑を案じていた。そのような姿を演じている、と佑は言ったけれど――。
子供を想わない母親と、心髄から子を想う母。両極端な母をもった経験があるからこそわかる。わかる、というよりは感じる。彼女は後者だ。やさしい母親(ひと)だと。
なのに佑は、その声に耳を塞いだ。背を向けた。――いや、今はもう、少しずつ歩み寄ろうとしている。
『少しずつ』で良いと言ったのは他ならぬ迅自身で、佑は素直になろうとしている。それでいいではないか。耳を塞いだのは、既に過去のことなのだから。
だから、佑に対して何か思うのは間違いだ。
そう――思えども。
「ッあー……もう……良ぉないわァ……まいった」
何故よりにもよって、あんな夢を見てしまったのだろうか。今日から交流会だというのに。
……うだうだと、考えていても仕方ない。佑が起きてくるまでに落ち着けばいいことだ。不器用な彼に、ひどい言葉などは投げ付けたくないのだから。
よし、と気合いをいれるように声を出して、上体を起こす。デジタル時計は午前五時半前を知らせていた。
普段はもう少し寝ているのだけれど、代表委員はイベント実行委員と生徒会の手伝いがあるから、他生徒より出立が一時間ほど早い。そのぶん、アラームも早めにセットしてあったのだ。
生徒会補佐である佑も同様だが、まさかこの時間には起きてこないだろう。
ベッドから降りて部屋を出る。そのまま洗面所に入って、冷えた水で顔を洗った。
洗顔を終えて、いくらか晴れたきもちでリビングに行く。佑はまだ起きないだろうから……とソファに置いた荷物の確認をしていたらにわかに扉が開いて、迅はぎくりと体を強張らせた。
硬い動作で振り向けば、まだ眠たげな佑のすがたが目に入った。
よもやこんな時間に、自主的に起き出してくるとは。――非常に、宜しくない事態である。
未だ、心中穏やかには至らないのに。
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