「……何でしょ」

 親の仇が如く睨み付けてくる愛宗に、内心迅は溜め息をこぼした。
 顔を合わせたのは入学式前のあの一度きり、ただ佑の友人になったからといって、よくこうも人を嫌える。それをあからさまに出来るのは、ある意味モラトリアムの特権かもしれないが。
 嫌なふうに張り詰めた空気で余人が息を潜ませ恐れるなか、佑は心底鬱陶しげに愛宗を盻し、晟らは特に感慨なく愛宗を見やる。両早が身を固くしている向かいで、小野崎は頬杖をつきながらコーヒーに砂糖を溶かしている。
 場慣れしているのだな、と隣に座る小野崎に感じたのは、この時だった。

「余所見してんな!」
「……ああ、すんまへん。それで、俺に何の話があらはるんです?」
「――お前にする」
「は?」
「交流会のペアっ、心山迅にするって言ってるんだよ!」

 ――水を打ったように、とはまさにこのことで……。愛宗が吐き捨てた瞬間に、食堂から時の流れが消えた。
 憎悪もいいところの声で言われても……と迅は目をしばたたかせ、佑や両早、晟たちにしても瞠目している。
 吐き捨てて後は愛宗がまた迅を睨むばかりで、食堂は暫く静寂だった。

「あのねえ」

 ――呆れを隠しもせず、小野崎が溜め息を吐くまでは。

「自分の立場をわかって怒鳴ってんですか、先輩」
「……何だよ、てめえ」
「しがない一般生徒ですよ。で、先輩はご自分の立場わかってらっしゃるんですか?」
「あァ?」
「方々から睨まれてる心山に、どう言う思惑か知りませんけど、あんな大声でペアにするなんて言って……配慮が足りないと思いますよ、今期生徒会の皆々様は」

 これは流石に、愛宗だけではなく瑰奇の気にも障ったようだ。瑰奇は面白くないものを見るような目をして、小野崎を見下ろした。

「随分……大口を叩く」
「事実でしょ」

 瑰奇の冷たい聲に臆することもなく、小野崎は笑顔で答えた。
 観衆から小野崎に注がれるきつい視線には本人ではなく、小早川のほうがうろたえている。早少女が小声で小野崎を諌めたものの、意味を成さなかった。

「ふん……"自称"しがない一般生徒が、衆人環視の中で生徒会を批判して大丈夫なわけかい?」
「はは、大丈夫じゃなきゃ、こんな啖呵切りませんわな」
「成る程……」

 子細はわからないが、小野崎には余程強気に出られる理由があるらしい。
 す……と細められた瑰奇の眸は、新しい玩具を見つけたような――そのような色を灯した。

「なら、俺は君を指名しよう」
「瑰奇?!」
「傍観に徹しようとも思ったが……ふ、気に食わない」
「だから配慮に欠けるって言うんですがね」
「配慮? わざと事を荒立てようと言うのに、配慮なぞ不要だ。君自身が招いた荒波でもある。それに、大事になっても平気なんだろう」
「存外性悪な……」
「キミがきっつんのスイッチ入れるからだおー」

 性悪変態スイッチ、と義隆が揶揄をする。すぐさま瑰奇に睨まれて肩をすくめていたが。
 基本的に傍観者である事を好む瑰奇は、他人に絡む事象に能動的でない。自ら引っ掻き回そうなどとも思わない。手を出した時点で、傍観者ではなくなるからだ。
 余程に誰かを嫌ったか、或いはその逆か。瑰奇が傍観のスタンスを崩すのは、そう言った場合に限る。そしてそれは、かなりの珍事だ。
 どちらにせよ、自称しがない一般生徒・小野崎次郎は、ともかく瑰奇の琴線に触れてしまったらしい。
 ――それが不幸かどうかは、さておくとして。

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