まもりたいもの、



 自己紹介ばかりの一日を終え、放課後。帰り支度をする迅たちから、佑は背を向けた。

「佑?」
「……先帰ってろ」
「おー。あんまり遅うならんうちに帰って来ぃよし?」
「すぐ帰るよ」

 手を振る友人たち――と呼んでいいのかどうかはわからないが――に一度視線をやってから、教室を出て行く。
 周囲の好奇を無視して、佑は三年生のフロアへと足を向けた。
 三年A組。晟や瑰奇、義隆のクラスだが、目的は彼らではない。扉の近くにいた生徒に人をたずねる。

「川崎はいるか」
「あっ……は、はいっ!」

 高三にしては小柄な生徒は顔を赤くして、佑の訪ねた生徒のところへ駆けていった。
 待っている間教室を見渡してみたが、あの赤毛やらは見当たらなかった。大方生徒会室のほうに籠っているのだろう。何せ月末には交流会があるから、多忙を極めているに違いない。
(ご苦労なこった)
 無関係ではないのに、佑は他人事のように心中で呟いた。
 それからすぐに、川崎は満面の笑みでやってきた。

「どうしたの、佑」

 名前を呼び捨てにされ、ひどく不快で目をすがめる。
 この、一見少女のような――少女にしか見えない生徒を川崎と言って、佑が"オカマ"と蔑んだ佑の親衛隊隊長なのである。愛らしい見た目によらず、非道極まりない男だ。

「……来い」

 顎をしゃくって命ずると、

「佑の部屋はやぁよ。あの生意気な平凡に会いたくないもの」

 きゃらきゃら笑った。
 元よりこんな男を、部屋に入れるつもりも入れた事もない。
 別に佑は川崎を罵るためだけにオカマと言ったわけではない。彼は真実、そうなのだ。
 白い学ランに合わせてわざわざ作ったらしいスカートとニーソックスとの間に見える、媚びを売るような肌色が、佑にはとてつもなく気色悪い。
 纏わりつく川崎を引き離しつつ次に向かったのは、あまり人の通らない校舎裏だ。
 一面の日陰に入るなり、佑は川崎を校舎の壁に乱暴に押しつけた。痛い、と川崎が喚くがこれは無視をする。

「迅の下駄箱の手紙の山、あれはてめえの指示か」
「なんのこと?」
「惚けるなッ!」

 細い肩を掴んだ手に、力を込める。川崎の花顔が痛みに歪んだ。

「っ……そーよ。佐竹さまに捨てられちゃったみたいだけど。明日は誰にも邪魔させないんだから」
「ふざけんじゃねえ! 迅や、小早川達に何かしてみろ……ただじゃおかねえぞ」
「小早川って子たちはともかく、なんで佑、あんな平凡な奴庇うの? 心山みたいな奴、佑には釣り合わないわよっ」
「てめえっ……!」

 がつ、と鈍い音が、人気のない校舎裏に響いた。
 川崎は赤く腫れた左の頬を押さえて、大きな目を更に丸く見開き愕然としている。
 微塵も思っていなかったのだろう。――顔を殴られる、などと。誰もが褒めそやすこの顔を。

「いいか……迅は俺のダチだ。釣り合う釣り合わないは関係ねえんだよ!」
「でもっ……」
「てめえらが正義と思ってんじゃねえよ。……迷惑だ」
「っ……」

 ひときわ手に力を込めて、川崎を睨み付ける。軽く壁に押しつけてから開放すると、川崎は目に涙をためて、女のように走り去った。
 佑は前髪をかき上げて、すぐそばの大樹に寄り掛かった。――深い溜め息を吐く。
 あの手合いを相手にするのは、ひどく疲れる。

「溜め息吐きてェなァこっちだ、問題児」
「――!」

 突然声が降って来て、佑は驚いて天を仰ぐ。鬱然と茂る枝々のひとつ、特にしっかりとした地上に一番近いそれから、ざっと影が落ちて来た。
 影は、すらと長い肢体と、厳しい顔立ち、灰色の短髪を持つ男だった。

「――……、桂」

 呆然と呟けば、彼は佑をねめつけた。

「何でいるんだよ」
「人が昼寝してるところにお前ェが来たンだろうが。……ったく人の仕事増やしやがって」
「あァ?」
「お前ェ、あの言い方じゃ、ありゃァ駄目だ。川崎の……典型的な親衛隊の性格じゃあ、逆恨みして問題起こすのがオチだぜ」
「チッ……」
「舌打ちしてェのもこっちだッてンだよ。問題の処理するのが誰だと思ってやがる。俺達風紀なンだぞ」

 何を隠そう、いかにも不良なこの男こそ、風紀委員長の桂元澄なのである。
 鬼風紀、鬼の元澄などと囁かれるほどで、ひとかどの人物だ。晟の幼馴染みで、激烈の幹部でもあった。

「どいつもこいつも……制裁行為は禁じたッつうのに、聞き分けのねェ」
「どうせ、その隙を狙ってんだろうが」
「まァな。しかし質が悪ィ奴ほど尻尾を出さねェ。……で? 心山だったか、今方々から睨まれてる外部生は」
「ああ」
「野郎、伯楽の幹部なんだそうだな」

 今朝発覚した事実は、午前中のうちに校内に知れ渡っていた。色々な意味で、迅は渦中の人だからだ。
 昼に食堂に入ったときの静まりようは、いかに伯楽が不気味がられているかがよくわかるものであった。

「らしいが」
「ふん……あの伯楽幹部ッてェなら、小早川らの小規模な親衛隊は手出し出来めェよ。問題なのァ生徒会……の晟以外ェのとお前ェのか。リンチしがてェぶん、精神的な責めに走るだろうな」

 義隆のものも、恐らく問題あるまい。何しろ今朝の一件がある。キレた義隆の厄介さは親衛隊も身に染みているだろうから、義隆の不興を買うような真似には走らないはずだ。
 面倒なのは瑰奇だ。あれは迅のような手合いが精神的に追い詰められる様を観察するのが滅法好きな変態だから、何を言っても親衛隊を押さえたりしない。……けしかけることもしないから、その点だけは幸いだろうが。
 愛宗については、佑は端から期待していない。まぼろしの背中を追ってばかりいるような男には。

「あァ面倒臭ェ……仕事増やしやがって……」

 苛々と桂は頭を掻くが、はたと動きを止める。

「……ふん、まあいい。おい問題児、川崎は以後捨て置け」
「はァ?」
「いい加減あんな外道は捕らえてェンだよ。心山にゃ、囮になってもらうでな」

 目を見張る。迅を囮にして、川崎自身に問題を起こさせようというのだ、この男は。
 怒りに顔が赤くなるのを、佑は自覚した。

「っふざけんじゃ」
「ふざけてねェよ。いいじゃねェか、俺ァ外道を取っ捕まえられて、心山は親衛隊の魔手から逃れられるンだぜ」
「それで迅に何かあったら、どうするつもりだ!」
「見張りは置いとく。……ま、心山以外にも目ェつけられてる奴がいるんで、風紀もお前ェらばかりに構ってられねェから、抜かれることもあるだろうがな」
「てめっ……」
「心配ならお前ェが目を光らせとけ。手前ェで蒔いた種なんだからよ」

 それを言われると食い下がれない。佑はぎりと唇を噛んだ。
 桂は佑を一瞥し、見下すように鼻を鳴らしてどこぞへ去った。

「……っクソ!」

 苛立ちに任せて大樹を蹴りつける――と、

「うわ――っ?!」

 ぼたり……と巨大な毛虫が身体すれすれに落下してきて、思わずとびすさる。
 うぞうぞとまた大樹に登っていく毛虫を青ざめながら遠巻きに見、その姿が枝葉に隠れてから佑はどっぷりと息を吐いた。
 驚愕やら何やらで、桂への憤りがさっぱり消えてしまった。
 粗末な展開に気が抜けて、佑は薄暗い校舎裏を後にした。
 ――にしても、あの木の上で寝ていた桂は、はたして無事なのだろうか。
 かの鬼風紀が、木の上で寝ていたら毛虫に刺されたなどと格好がつかないにも程があるので、何事もなければ良いのだが。

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