「下駄箱は見なかったのかよ、てめえ」
「えっ……」
「何でロッカーは確認しといて、下駄箱は見てねえんだ。尤もらしいこと言っといて、その実誰ぞの差し金じゃねえだろうな」
そういえばそうだ。下駄箱がああなっていたと言う事は、村上は下駄箱を見なかったということになる。
敢えてのことなら村上が誰かしらの親衛隊に入っていて、上から味方を装っておくように命じられたとも勘繰れる――が。
「ち、ちがうよっ……」
今にも泣き出しそうな声で、村上は否定する。
村上の様子に、真壁がまなじりをつり上げて二人の間に立ちふさがった。
「変な言い掛かりつけんなっ! 下駄箱も見たに決まってんじゃん!」
「なら何で迅のとこに、妙な手紙が山程詰め込んであったンだよ!」
「しるかよ! 僕らは手紙の山なんて全部処分してやったんだから!」
「あーじゃあ、俺らが見た後新しく補充したんだろー。あはは、暇だよなあ親衛隊って!」
吉川がやはり刺々しい空気を、朗らかな口調でぶち壊したが、佑はそれに引きずられなかった。
「てめえらがやったんじゃっ――」
「佑、やめよし!」
尚も言い募ろうとする佑を一喝する。納得いかないのをありありと顔に浮かばせて、佑は迅を睨んだ。
「怒ってくれはったんは嬉しいけど、何でもかんでも疑うてかかるもんやないえ。ああまあ、時には疑うことも必要やと思うけどな。せやけど、村上たちのは明らかに好意でしてくれはった事と違うの」
「当たり前だろっ、僕らを親衛隊なんかといっしょにすんなよっ! あいつらには散々メーワクかけられたんだからっ!」
「ああ、真壁も村上もガチムチおにーさんに追い回されて涙目だったもんな。あの鬼ごっこ壮観だったよなー」
「吉川うるさい!」
真壁の細腕が、豪快な拳を繰り出した。
「何で俺殴られたの?!」
「吉川ー、今はお口にチャックしといたほうがいいんじゃね?」
「そのほうが痛い目見ないで済むよ。おまえが口を挟むと、話が進まないしさ……」
両早に諭された吉川は、首を傾げながらも両手で口を塞いだ。
「村上も真壁も、人にひどいこと出来るような子ぉやないと思うえ」
「出来るもんか、そんなことっ。人に痛いことしたら、自分だって痛いもん。だけど痛い事されたほうは、したほうよりずっとずっと痛いって、僕ら知ってんだよ」
「うん……。やっちゃった自分がこんなに苦しいのに、やられた相手はこの何倍も悲しいんだって思うと、なんて事をしてしまったんだろうって、おもう。人に酷いことをしたら、ずっと……一生苦しいまま。相手も、自分も。人を傷付けるって、そういうことなの」
「ほら。二人は違うやろ。ひとのことを思いやれる、まっとうなお人や」
「チッ……」
「佑」
舌打ちして出て行こうとした佑の腕を、"伯楽幹部"の力で掴む。痛みに顔を歪ます佑の眸を、厳しく見据えた。
佑はまた舌打ちをひとつして、
「……悪かったよ、疑って怒鳴って……」
村上と真壁に、不貞腐れながらも謝った。
「わっ……わかれば、いいんだよっ」
「きにしてないよ。四十九院君は心山君が大切だから怒ったんだろうし」
「なッ、違っ……!」
「ひとのために怒れるって、いいことだよ。優しい人なんだね、四十九院君って」
にこにこする村上に押し切られたか、佑は反論を諦めたようだった。……小動物は強い。
態度は難だが、きちんと悪いと思って反省しているようなので、迅は掴んでいた腕を離す。
すると佑は掴まれていた左腕を擦りながら睨んで来た。
「馬鹿力っ」
「いやすまん、すまん。つい喧嘩する時の力で掴んでしもうた。普通に掴んでも、振り払われそうやったし」
「喧嘩するときの……って。お前、弟とかにこんな強い力出すのかよ」
「へ? ……ああ、違う違う。喧嘩って、兄弟喧嘩やあらへんよ」
「は? なら何だって言――まさか」
愕然とする佑に、にこりと笑みひとつ。
「これでも夜の左京区では名ぁを知られとったんやで」
「道理で殺気に動じねえわけだ……クソっ」
反則だろ、と佑は後頭部を掻きながら呟いた。
「……何てチーム」
「ん?」
「お前がいたの」
「あぁ、伯楽。んで、俺幹部」
言った途端、教室がどよめいた。
また誰か人気者が来たのかと思って振り返るが、廊下にはそれらしい人物は見当たらない。
「……は、伯楽って……」
「え、真壁知ったはるのんか?」
「知ってるもなにも、結構、有名だと思うんだけど。……それまで一匹狼だった中京区の帝王が突然伯楽で群れてたり、荒れに荒れて暴れ回ってた不良が急に大人しくなって伯楽にいたりって……」
「伯楽にはなにがあるんだ、って、噂が噂を呼んだ感じなんだけどね。さすがに県ひとつ跨いだところの不良が入ったっていうのは、デマだろうけれど」
「……」
「心山?」
「……あ、嫌やなぁ、ははは。そない不気味なもんと違うえ、伯楽は。……まあ、県ひとつ跨いだとこの不良が入ったっちゅうんも、ほんまやけどな……ははは」
まさかそんな噂になっているとは思いも寄らなかった。恐らく、他の伯楽メンバーも知りはしまい。
急に群れたりなんだり、というのは大いに心当たりがある。
――隼人だ。あのぽやぽやした父親が迷った先で懐かれてきたのが、噂の不良たちだったりする。
そして迅も、現在進行形で懐かれている。銀蘭に入るのは言ってあるから、文化祭の時押しかけて来ることだろう。今のうちに、来るなら空たちを伴うよう言っておこう、と迅は思った。
「……にしても、ムネがチームに入ってて、幹部だなんてなあ。びっくりだぜ」
「意外……だけど、知れてよかったかも。ちょっとは牽制になると思うし」
「親衛隊も、喧嘩慣れした奴相手にリンチなんて面倒な真似ァ控えるだろうしな」
「勝算の見えない事はしないからね、彼らは」
「なぁー」
頷きあっている銀蘭経験者に、くぐもった声がかけられる。
声の主は吉川だ。律義にまだ口を塞いでいる。
「もー喋ってもいい?」
「いいんじゃない」
「ぷは! 空気がうまいぜ!」
「……で? テメーらはいつまでドアの前占領してるつもりだ、ええ?」
低い声に揃って振り向けば、機嫌のよろしくなさそうな留守が、そこにいた。
「授業初日ッからHR妨害たぁ、いい度胸じゃねえか……あァン?」
「わーっ、鬼だー!」
「鬼が出たぞーっ」
「ンだとクソ餓鬼どもッ!」
「ご、ごめんなさいっ」
「あ、すんまへん、センセ。すぐ席つきますさかい」
「ふん」
鬼だと叫んで席に逃げた吉川と早少女に留守は怒鳴るが、直後の村上の謝罪に毒気を抜かれたようだった。
迅たちが全員席に着いたのを見てから、留守は教卓に進んだ。
「どいつもこいつも朝っぱらから疲れさせやがって……さっさとHR終わらせんぞ」
気怠げな留守に一部が色めき立ったのだが、留守の一睨みで即座に収束した。
出欠を取ってから後、留守は教卓に顎を乗せてグダグダしている。とてもさっさとHRを終わらせるぞと言った当人の行動ではない。
「連絡事項な……あー……特にねえ。ってことでHR終わり、以上。昨日も言ったがよ、俺に迷惑かけんなよ」
確か昨日言われたのは問題を起こすなと言うことだったはずだが。
これが教師でいいのだろうか、と迅は少しばかり考えた。
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