当の義隆がポケットを漁って携帯を取り出した。
 ディスプレイを見て、つまらなさげに顔をしかめる。

「あちゃー。朝っぱらから呼び出されちゃった。ほんじゃ俺、せーとかいしつ行くから。またねー、つーくんむねたんこばたんめーちゃん」
「……今の、着メロかよ……」
「うん。いーよねー、にゃんこレストラン。そんじゃにゃーん!」

 ぶんぶんと大袈裟に手を振って、義隆は去って行った。
 義隆の姿が見えなくなってから、誰かがほうと息を吐く。それが合図かのように昇降口は朝の賑わいを取り戻した。
 取り敢えず受け取った手紙は鞄に詰めて、佑と両早と、迅は教室へと足を向けた。

「あいつ、何気に沸点低いんだよ。特に自分が嫌いなことに関しちゃ、滅法な」
「意外なような、頷けるような……」
「でも、迅にゃキレない」

 妙にはっきりと断定されて、首をかしげる。
 佑は前を向いたまま、無関心げに疑問の視線に答えた。

「あいつ、マザコンだから」

 と言いつつ嘲笑などは見られない。
 義隆は親が一等大事なんだ、と佑はこだわりなく言った。

「……俺はそれでキレられたがな」

 "それ"というのは佑の、親への態度のことだろう。口には出さず、苦笑に止めた。

「だし、迅相手にゃキレないだろ」
「あー、ムネってお母さんだもんな」
「だね。うっかり母さんって呼んでしまいそう」
「……否定はせえへん……けど何や複雑……」

 弟妹などはうっかりどころではなく、素で母と呼ぶ。二男と双子はそろそろ、慌てて言い直すようになってきたけれど。
 談笑しながら教室に入ると、ほんの一瞬水が打たれた。驚きやら畏怖やら妬みやら。この瞬間教室は、様々な感情の渦巻く魔界だった。

「おー、おっはよ!」

 僅かな時間で霧散したのは、昨日の険しい空気をぶち壊した生徒が、笑顔でよって来たからだ。彼の後ろから、村上と真壁もやってくる。

「おはよう、吉川(きっかわ)。相変わらずだね、おまえ」

 小早川が苦笑しているが、当の吉川は、何が? と首をかしげている。
 昨日と言い今と言い、恐らく吉川は、重たい空気を自覚なしに破壊するのが常なのだろう。早少女と村上、真壁が苦笑いしていることからも、それは伺える。

「ま、いーや。俺吉川! で、このちまいのが真壁。よろしくな、心山、四十九院!」
「よろしく……っしてやんないこともないよ!」
「うん、よろしゅうな」
「……ふん」

 朗らかに握手を求めて来た吉川とは裏腹に、真壁はつんとそっぽを向いた。心なしか頬が赤いので、ただ照れくさいだけのようだ。小早川が、素直じゃないんだ、と耳打ちしてくれた。
 また握手を返した迅の横で、佑は真壁と同じような行動を取る。
 噂が噂だから誤解されてしまうかと案じた迅だったが、吉川の性格の前には杞憂に終わった。物怖じせずに話しかけている。

「あ、心山君の机とか、あの、無事みたいだよ」

 おずおずと村上が教えてくれた。

「え、わざわざ見てくれはったん? おおきになぁ」
「ううん。だっていじめとか、嫌なのだもの。理不尽だって、おもうし……」

 理不尽が誰を指しているのか、村上は言わない。しかし十分に計り知ることが出来る。
 親衛隊の制裁のことを言っているのだ、村上は。

「あの、ロッカー勝手に見ちゃってごめんね、悪いと思ったんだけど」
「かまへん、かまへん。心配して見てくれはったんやろ? 感謝こそすれ、文句言うことなんてあらへんて」

 ほっとしたように微笑む村上があまりに可愛らしいので、思わず撫でた。村上は驚いた様子だったが、はにかみつつされるがままになっている。
 途中憤怒した真壁に奪われたので彼の頭も撫でてみたら、ひじょうに満足げにふん、と鼻を鳴らした。
 そういえば弟妹のうち双子の片割れ、長女のほうが、よく真壁と似た行動に出ていた。三男のほうを撫でていると必ず怒って片割れを迅から奪い取る。その後で長女のほうを撫でてやると、やはり今の真壁のように鼻を鳴らしたものである。……双子が小さいころの話だが。

「おい」

 ほのぼのしているところに、佑のやけに冷たい声が割り入った。真朱の眸は、きつく村上を盻している。

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