「あ、心山、四十九院。おはよう」
「お二人さんおはー!」
「ん」
「あー、こばやとめやん。おはようさん」
「うん、おはよ。ところでこれ、どういう状況?」

 手紙の山と未だ爆笑中の義隆を指して、登校してきた小早川が苦笑する。
 と、急に笑い声が途絶える。義隆を見れば、顔だけは相変わらずへらへらしていたが――

「……先、輩?」

 心底悚然としてしまう貌(かたち)を、している。
 その奇妙な顔のまま、義隆は黒一色の味気無い封筒どもを、近くのゴミ箱に乱暴に捨てた。

「俺ね」

 その場で、笑いながら口を開く。呑気な聲、しかし表情と齟齬があるから、妙な恐ろしさを感じる聲で。

「こーゆう、ジメジメしたこと嫌いなんだよね」

 迅らのところに戻りつつ言う。

「うっとーしーでしょ。馬鹿な女みてーなことすんじゃねーって話よ。いっちょ前にイチモツぶら下げてんだろーがって。女々しー真似してんなら、その粗末な萎びた茄子なんぞ切り取っちまえっつーの」

 開封済みの手紙を弄りつつけらけら嗤う。
 別人がいる。あれは義隆の皮をかぶった何某かだ……と思ったが、迅はそもそも義隆に詳しいわけではない。
 もしかしたらあれが、義隆の本性なのかもしれない。

「馬鹿だよねー。守る守るってがなって、そのくせ俺らの機嫌損ねてんの。いー加減、存在自体が害悪だって気付けっつーの。マジ死んでくんないかなー。ね、つっくん。迷惑じゃんねー、親衛隊ってさ」
「……俺に振るな。てめえは手前のだけ牽制しとけ。俺のは俺が潰す」

 話を振られた佑は、このような義隆に慣れているのか、面倒げに溜め息を吐いた。それからしっかりとした聲での発言に、義隆の奇怪な貌はなりを潜めた。一瞬のことだ。

「はい、むねたん」

 ぽん、と封筒を頭に乗せられ、落ちる前に慌てて手に持つ。
 よく見る義隆の顔で、彼はへらへらしていた。

「とくに害のなさそーな手紙だったし、こっちの乙女心まで捨てちゃー送り主がかわいそーだかんね。むねたんモテモテだねーいろんな意味で」
「おい佐竹、なにダブスタかましてんだ。女々しい真似ァ嫌いなんじゃなかったのかよ」
「ダブスタじゃないお! 女のイジメみたいなうっぜー真似と乙女心は別物だもん! ラブレターを下駄箱にいれるのは青春で浪漫だからいーの。女々しくないの」

 ……はたして、しつけてくれだの何だの言う手紙は、乙女心に勘定されるのだろうか。迅はタータンチェックの封筒の処分を、わずかに考える。似たような手紙が他にもあったら……と思うと、ひどく気が滅入った。

「……あ、あ、そだ、ムネ。上履と外履無事か?」

 あまりの空気に気圧されていた早少女が、はっとして下駄箱を覗き見る。
 上履を取り出してみたが、画鋲が入っているだとかいう定番のあれこれはされていなかった。

「ん、ああ。今日のとこは」
「あとはロッカーとシューズだね。まあ、初日だし、まだ無事だと思うけど……」

 小早川が少し安堵を見せる。
 上履と外用のシューズが無事だからとて、安心は出来ない。教室のロッカーには更に体育館用のシューズがあるのだ。
 教科書やシューズは昨日のうちにロッカーにしまってあるから、何かされていないとも限らない。
 早いところ確認してしまおう、と揃って頷いたところで、

「にゃーん」

 どこぞから猫の鳴き声がした。義隆の空気に当てられて水を打ったような静けさのままだった昇降口には、よく響いた。

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