実體はどこですか




 登校して下駄箱を開けてみると、黒い雪崩が起きた。
 迅も佑も、呆然として足下を見る。迅の足は、黒い封筒の山にうもれている。

「……」
「さしずめ……不幸の手紙(大盛)……っちゅうとこやな」
「面白くない」
「せやったら、特盛」
「大差ねえ」
「って言うけど、むねたん」

 まさかの出来事に乾いた笑いを零していると、何でもないかのように二人の間から呑気な声がした。

「……」
「……」
「ガッチリ真っ黒ってわけでもなさそーだお? あ、おはにょろーん!」
「さ、佐竹先輩?!」
「てめっ、いつの間に!」

 間に入って勝手に手紙の山を拾いあげた義隆は、ヘラヘラ笑っている。少なくとも下駄箱に来るまでは、いなかったはずだ。
 本当に、いつの間に現れたのか、この男は。

「ほらぁ。真っ黒くろすけかと思いきや、これなんかゴスロリちっくで、女の子が使うレターセットっぽくない?」

 と、義隆が摘んだ黒い封筒には、薔薇やデフォルメされた蝶などが白で描かれてある。
 義隆の言うとおり、なかには小学生の中学年か高学年の女児が使いそうなレターセットのものと思われる封筒も、まばらに入っていた。
 封筒だけなら可愛らしいが、それらを購入する男子高校生を想像してしまい、迅は辟易した。
 少女のような見た目の生徒もいるから、彼らならまだ良いけれど――しかし周りの目が痛そうで仕方ない。頭を振って、いやな想像を追い出した。

「なになに? "あなたの爽やかな笑顔を僕にむけて下さい。通りすがりのセルロースより"。ひゃはは! 意味わかんね!」
「ちょっ、人宛の手紙なに勝手に読んだはるんですか?!」
「通りすがりのセルロースとかまじ意味わかんねー! うけるー! でもむねたんスマイルは確かにさわやか三組だおね、むむむこやつ、通りすがりのくせになかなかやるな!」
「ちょお、先輩っ!」

 件の封筒を勝手に開けて内容を読み上げる義隆にぎょっとする。慌てて取り返そうと手をのばすも、義隆はひらりひらりと躱してしまう。流石は元激烈幹部といったところか。
 義隆は更に違う手紙の封を切る。今度は黒でなく黒紫のタータンチェックの封筒だ。

「"四十九院さまを手懐けた手腕に感動しました! 僕のこともしつけて下さい。略してインスリンより"だってお! なにをどう略してんのー? つかこいつさり気なくマゾいし! ひゃはは、きしょー!」
「先輩っ」

 ただでさえ義隆は目立つのにはばかりなく爆笑するから、登校する生徒にかなり注目されている。
 何とか義隆を止めようと試みるが、佑に肩をつかまれた。

「……諦めろ。こいつは誰にも止められない」
「た、佑……」

 佑の双眸は迅を見ているようで、しかし遥かな地を見ていた。迅は瞬間理解する。――ああ止められないのだと。
 遠い目をしたくなる心地は嫌と言うほどよく分かる迅だから、現状打破をすんなり諦めることにした。
 人生時には諦めも肝心である。

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