ぽやぽやとうさん


 HRを終え寮へ帰ろうと昇降口へ向かうおり、迅はずいぶん機嫌の良くない佑と再会した。
 何かあったのか尋ねたが、こんな往来で言いたくないと佑が首を振るので、そのまま二人で帰路につく。両早は、部活を見たいと言って各々散った。

「あ、せや。俺副代表になってん」
「……あ、そ」
「代表はな、村上っちゅう、ぬいぐるみみたいな子ぉになったえ」
「ふーん。……ぬいぐるみ?」
「せやなぁ、妹の親分はんによう似てはるな」
「お……親分?」
「うさぎのぬいぐるみでな、銭持ったはるさかい、親分……と妹が名付けたんや」

 つまり、某神田明神下の名親分だ。迅の荷物に虎次郎を紛れ込ませた妹は、小さいくせに結構な時代劇好きである。
 迅から見た村上は、親分のうさぎのほうによく似ている。ちなみに親分の本体は銭のほうで、うさぎはおまけなのだと、なかなかひどいことを小さな妹は言い張っている。

「じゃあ、うさぎのぬいぐるみでなくて、銭のぬいぐるみじゃねえか」
「……言われてみれば、確かにそうやな」
「そういや、ぬいぐるみって何でぬいぐるみなんだ」
「へ? ……えー、なんでやろ……縫って綿くるむからか?」
「くるんでるってか、詰めてんじゃねえの、綿」
「うーん……なんでやろ……なんでぬいぐるみ……」
「詰めてるのにくるむって言うのか……?」

 ふたりして考え込みながら、校舎を出る。やたら深刻な顔だったので、周りの生徒はまさかぬいぐるみについて本気で悩んでいるとは思いもよらなかったろう。

「あーわからん!」
「マジわかんねえ、もういいや」
「ぬいぐるみはぬいぐるみや! せやから、ぬいぐるみなんや!」
「だな!」
「せや!」

 二人は一向に答えの見つからない難問を諦めた。
 残念なことに、ぬいぐるみは何故ぬいぐるみなのかとどうでもいいことに心底頭を悩ませていたのは、なんと進学校銀蘭学園高等部一年首席と次席である。
 明らかに才知の無駄遣いだ。あくどいはたらきを画策するよりよほど健全だが、首席を狙う生徒からしたら腑に落ちないこと極まりないだろう。
 ぬいぐるみのことを早々に頭から放り出した迅は、昼食をどうしようか佑に聞こうと口を開きかけた。

「ああ、迅!」

 それを阻んだのは、校舎の影から突如現れた男性である。平時ならばおっとりした優しげな面立ちは、悲愴に染まっている。しかも何だか涙目だ。
 咄嗟に身構える佑を制して、迅は些か呆れ声で返事をした。

「何してはるん、親父」
「あんな、実はね……」
「あ、ええわ。言わんでもわかる。どうせまた迷わはったんやろ」
「……はい」
「なして一色(いっしき)はんと一緒やないん? 知らん場所は絶対一色はんと行かなあかんて言うたやん」
「一緒やったもん。けど一色……どっか行っちゃった」
「どっか行っちゃったのは親父やろ。携帯は?」
「電池切れちゃった」
「だーっ!」

 てへへと恥ずかしげに笑う駄目親父に、迅は頭を抱えてしゃがみ込む。
 心山家の大黒柱、心山隼人は生来この調子である。付け加え極度の方向音痴だから、外出には秘書の一色が欠かせない。一人で出歩こうものなら、もれなく迷子になる。たとえそれが近所であろうが、社内であろうが。
 しかも迷った先で何故か必ず愛に飢えた若者に懐かれて帰って来るからたまらない(伯楽の何人かはその口だったりする。彼らは決まって迅にも懐くのだ)。
 迅の生母が出て行ったのも何となく頷けてしまう駄目っぷりだ。しかし彼女はよく耐えた方だろう。まったく反りがあわないのに、迅の下に年の離れた子を(うち二人は双子とはいえ)三人ももうけたのだから。

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