晟の、大人びた掌が離れていく。立ち上がり去ろうとする晟を、佑は無自覚に、どことなく寂しげに見遣る。
「佑、お前、補佐をやれ」
佑の視線を無視するように背を向けたまま晟が言った。
なんの、と聞く前に
「生徒会補佐だ」
晟が言ってのけたので、佑は仰天した。脊髄反射で拒否をして、それで振り返った晟は眉を顰めていた。
「嫌だって、佑。しかし委員会に入らないわけにもいかんだろ」
どこまで知っているのか、この男は。わずかに佑は唇を歪めた。
銀蘭では基本的に、生徒は必ずいずれかの委員会に所属しなければいけない。生徒会役員ならそちらが委員会扱いなので、兼任する必要がない。と言うより、兼任している暇がない。
佑は去年、意外にも図書委員だった。相方は妙に物怖じしない凡庸な顔の生徒だった……ような気がする。よくは覚えていない。下手に人と関わると親衛隊が騒ぐので、面倒だからだ。
昨年も佑は首席だったので本来なら代表になるはずだったが、担任がいくら首席でも問題児に任せたくないらしかったので、難を逃れた。もちろん、何かにつけて佑と仕事をする気でいた晟は大いに激怒した。クラス代表は、生徒会と仕事をする機会が何かとあるのだ。
「生徒会補佐も、委員会扱いだから、心山と仕事が出来るぞ」
「迅で釣ろうとすんな芋頭が。つうか多分、代表じゃねえよ、迅。留守が面倒がるに決まってる」
「それでも副代表にはなってるだろ。絶対寄越せって脅してあるからな」
「……てめえな」
「仕方ないだろう、義隆のあの馬鹿がサボりまくるんだから」
晟はさも「苦労しています」とでも言いたげに肩を竦めて首を振った。
サボっているのは晟こそ同じくせに、この男はなにをしたり顔で言っているのか。佑のこめかみがひくりと引きつった。
「それこそを躾しやがれ!」
そんな内輪の事情で振り回されたくなくて、佑はついぞ怒鳴りつけた。
「時には諦めることも必要でな。あれが人の言うことを素直にきかねえのは、佑も身に染みてるだろう」
「そうだけど、諦めんなよ……」
佑は義隆とは、幼いころに面識があるので、義隆の自由っぷりを嫌と言うほど知っている。
いつの間にか東京に越していたから、もう振り回されずに済むかと安堵したものだった。
しかし人生そう甘くないということは、この学園で見事に再会したことを鑑みれば、自ずから導き出せる答えだろう。
「……で、どうする佑。言っとくが、籍だけ置いておくなんてしてやらんぞ」
「……」
「ま、俺が許しても心山が許さんだろうがな」
尤もだ。あのやたら生真面目な迅のこと、籍をおくだけであとは我関せず……では、教育的指導をしかねない。
あまつ数時間に渡り正座させられそうだ。佑は想像を振り払うようにかぶりを振った。
「……図書でいいよ」
「それは駄目だ。相方になった奴が哀れでならん」
「なんだよ、それ」
「知らんのか? 去年相方だった小山田は、同じ委員会ってだけで嫌がらせされてたようだが」
お前は当番だけはサボらなかったから、と加えて晟は微苦笑した。
「それで奴が、お前が小山田に何かこだわりでもあるのかと勘違いしたようだ」
「ねえよ。野郎がうるせえから、必要以外話したこともない」
「ま、だから嫌がらせだけで済んだんだがな。小山田は気にも留めていなかったが、被害者を増やすつもりか、佑」
「……わぁったよ、補佐ンなりゃいいんだろ、なりゃあ」
「そう言うことだ。留守には伝えておく」
晟はたいへん満足気に笑って、今度こそ去って行った。
去年親衛隊が動いていたのは、何となく知っていた。小山田とは仮にも同じクラスだったのだから、彼の机やらが無残な姿になっていれば流石に気付く。
尤も、小山田は彼の同室者や前図書副委員長の親衛隊にも目をつけられていたから、佑にはどの狂信者の仕業かがいまいちわからなかったのだ。小山田当人も、本気で嫌がらせを気にしていない風だった。随分な豪胆者だとある種の感心を覚えた記憶がある。
しかし自分の親衛隊が動いていたのも事実だ。特に躾をしていなかった時点で、佑も加害者には違いない。
さて……屋上に残った佑は、晴れ間の覗く大空に向かって舌打ちひとつ。
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