飛び出す赤いの


 ――びりびりと空気が張る。原因などは探す必要もない。机を折りそうな勢いで殴り付け、教壇の留守に牙を剥く佑だ。
 そもそも何故こんなことになっているのかと言うと。入学式後のHRでクラス代表を決め始め、留守が迅を指名したが故の事である。
 慣例なら首席の佑が代表なのだが、佑がそんな面倒を引き受けるはずもない。留守は佑の性質を理解しているので、何かと面倒見の良さそうな迅にと鉢を回したのだ。学力も申し分ないので丁度良い。
 ――それで、佑が猛反対した。

「こいつに代表任せて円滑に事が運ぶと思うのかよクソ教師」
「その原因が何言ってんだ。お前が心山から離れりゃ済む話……だろ。そしたら手前勝手な奴等だって、表面上なら歯向かわねえだろうよ」
「……ッ!」

 ぐ、と言葉に詰まった佑は、忌々しげに留守を盻する。

「解ったらおとなしく席着け」
「わかるものか!」

 また、机を殴る。暴そのものといった音に、気の弱い者らが体を強張らせた。

「お前が心山に固執すればするほど、心山が睨まれるんだぜ。ちったぁ、手前の影響の甚だしさを知れ、お前は」
「っ……糞野郎が!」
「佑!」
「ほっとけ」

 佑だとて、それは理解しているのだ。留守の言う通り、今のうちに距離を置けばクラスは表面上円満となる。
 けれど佑には選べない選択肢だった。せっかく手に入れた心地よい場所は誰しも、失いたくはないだろう。
 泣きそうな顔をして教室を飛び出した佑を追いかけようと立ち上がったが、留守に引き止められた。
 留守は面倒げに息を吐き、後頭部を乱暴に掻く。

「しゃあねえな……。村上!」
「は、はいっ?」

 いきなり名指しされうろたえつつ席を立った小柄な生徒は、可愛らしいと形容される方の顔だった。

「代表お前やれ」
「え、ええぇぇぇ?! で、でも、でも僕、そんなに成績よくないですが」
「……学年三位が何を言うのか。副代表は心山だ。心山、村上は、こいつぁ見てのとおり背が小さくて気も小せぇンでな。その点お前は図太いようだし、サポートしてやれ」
「へえ」
「じゃ、後の委員決めはお前らでやれ」

 と言うと留守は教師用の椅子に座り、キャスターを利用してガラス戸の側に移動してしまう。村上は一瞬戸惑ったが、すぐ教壇に立ったので、迅も彼に倣った。
「えと、あの、僕は……四十九院君や心山君みたいに頭良くないし、臆病なのですが、一生懸命代表するので、皆さん、協力してくださいです!」

 村上の、さもと言った様子に、庇護欲が顔を覗かせた。クラスメートも似たような心情らしく、中には和んでいる者もあった。

「心山ァ、村上ちゃんをしっかりサポートしろよー!」
「へえ」
「四十九院ファンも、心山憎しで村上を煩わせたら酷いかんな!」

 これまた可愛らしい生徒が、顔に似つかないドスの利いた声で、だが明るく"彼ら"を脅した。どうやら村上の友人らしい。

「ま、真壁くん……」
「ええ友達持ったはるなあ、村上」
「う、うん。すごく男前で、やさしいんだ。たまに、ああなるけど」

 まるで鬼だな、と迅は思う。
 彼のおかげで、随分やりやすくなっただろう。鬼に胸中で謝辞を述べ、黒板に"委員会決め"と大きく書いた。
 けれど真直ぐに書けなかったので直したのだが、どうしてもうまくいかない。
 心が、乱れている。

(佑……)

 飛び出していった鮮やかな緋が心配でならない。
 本当ならすぐに捜しに行きたいが、役目をまっとうしないのは憚られた。



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