生徒会の日常


 入学式を終え、豪奢な生徒会室の扉を開けるや、義隆は大きく伸びをした。事後処理がまだ残っているにしろ、これでひとつ大きな仕事が片付いたのだ。
 この解放感は、義隆の好むものである。だから普段サボり倒すのかというと、彼はそこまで自虐的でない。ただ気付くとイベントが近いのだ。

「ふはー! 終わった、終わった! いやー、一仕事終えた後の飴ちゃんはさいこーだね!」
「っつーかあんた、早く入れよ! 入口に突っ立ってられるとすげえ邪魔!」

 一人悦に入っている義隆の背中に、機嫌のよろしくない愛宗が蹴りを入れた。

「あいちゃんひどい!」
「あいちゃんって言うな!!!」
「もー……。そんなカリカリするのはいくないお! ……もしかしてぇ、せーり?」
「てっ……ンめえええぇぇ!!!」
「はわわ!」

 いよいよ本気で激昂しだした愛宗と、これはまずいと判断した義隆で鬼ごっこが始まった。あまり珍しいことでもないので、残された二人はさっさと月末にある交流会の事に意識を向ける。
 時折笑声と怒声が遠くに聞こえる以外、生憎の曇天ではあるが静かに、穏やかに時間がすぎてゆく。
 二人分の跫音が生徒会室の前を五回ほど走り去ったあたりで、晟が書類から視線を外した。

「今回は……長いな」
「鬼ごっこ?」

 瑰奇の問いを肯首する。
 普段なら十分ほどで戻って来るのだが、今日は三十分近く続いている。

「関も相当、苛立っていたからな」
「心山か……」

 総代として壇上に立った迅を迎えたのは、お世辞にも好意的とは言えない視線が大半だった。両早は兎も角、佑と親しげであることが校内中に伝わっているからだろう。何しろ閉鎖的な環境であるから、人気のある生徒に関する噂は疾風の如く知れ渡る。
 加えて晟は、人目を憚らず会いに行ったのだ。佑はあの見た目と周囲の慣れがあるからいいとして、迅は中の上でいわゆる"新参者"。役員とお近付きになりたい――と願う輩からすれば、生意気にしか映るまい。

「チカのは自業自得だろ。佑がチカを内側に踏み込ませないのは、あいつに問題があるからだ」
「その自覚がないから、始末が悪い。いや或いは――自覚を忌避することで精神を守っているのか」

 佑に歩み寄る事を赦されなかったショックを、『佑は孤高だから仕方ない』と思い込むことで軽減させようとしているのか。
 何にせよ、と瑰奇は眼鏡のブリッジを上げた。

「俺は知らない。行動も起こさない。己の理想を押し付ける関も、佑を手懐けた心山も、変化の見られる佑も、俺に取っては観察対象でしかないからな」
「……」
「そんなことより、晟。案の定桂から苦情が来たぞ」
「元澄の野郎、お前にも言ったのか」

 今期の風紀委員長である桂元澄と晟は知己だ。家同士が親しい事もあり、その付き合いは十五年を越える。つまりは生まれた時から一緒の幼なじみ、ということだ。

「お前が真面目に聞かないから、俺が八つ当たりされたんだ。あの馬鹿を何とかしろと言われたが、そんなものは俺よりむしろ幼馴染みである桂の役目だろう」

 ――故に、容赦がない。とはいえ瑰奇は出会った頃から遠慮のない男なので、容赦や遠慮云々は付き合いの長さと言うより、彼らの性格に基因するのだろう。

「――荒れるぞ」

 話の流れを唐突に断ち切られる。
 何が、とは聞き返さなかった。目先の問題は交流会なのだから、それ以外にはない。

「下手をすれば学校全体が、だ。心山一人の存在なんてどうと言う事もないが、関わる人間総てが、大事を招く要因足り得ている」

 くつり、と瑰奇が嫌な笑みを見せた。

「これだから、人を観るのは面白い」
「……余計に大事にしようなんて真似はするんじゃねえぞ」
「それをお前が言うのか? まあ安心する事だ。俺は単なる観察者であるからして、な」

 手を加える事はすまいよ、と嗤う。
 灰汁の強い友人に吐いた晟の溜め息は、六度目の喧騒に掻き消えた。



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