「おらガキども、何騒いで――うお?! 四十九院がいやがる! 何かの前触れか!」

 およそ教師らしからぬ発言を教室に足を踏み入れるなりした人物が、どうやら担任らしい。早少女を解放した佑は忌々しげに舌打ちをひとつ。

「留守かよ……」
「留守先生、だ!」
「っせーな、呼ばれたきゃテメエが改めやがれ不良教師」
「お前ほんとかわいくねーな」
「至上の褒め言葉をドーモアリガトウゴザイマス」

 教師に対する態度ではないと咎めようと思ったが、あれはあれでスキンシップなのだと気付いて口を閉ざした。佑が真っ向から反抗しないあたり、悪い男ではないのだろう。
 留守の登場により生徒らが席に着き始める。迅らもそれに倣った。早少女は尚もぶすくれていたが。

「あ、ちょい待ち外部」

 椅子を引いたところで呼び止められる。自分を指して首を傾げると留守が肯首したので、その場で動きを止めた。

「心山だっけ? 外部お前だけだから、自己紹介でもしろや」
「はあ」

 教壇に立ったほうが良いだろうと思い足を向けると、その場で構わないと指示された。

「えーと……心山迅です。京都出身ですー。喋り方まだるっこしいかもしれませんが、堪忍したってください」

 よろしく、と頭を下げれば早少女の元気な声とまばらな拍手、それから敵意が返ってきた。

「うし、席着いていいぞー。ンで俺はお前らの担任で留守な。面倒くせえからつまんねえ問題起こすなよー」

 恐らくはその負を感じ取ったのだろう。留守が全体に睨みをきかせた。
 佑も佑で悪意の飛んで来た方を盻(けい)しているので、教室内の空気が張り詰めた。迅でさえ居心地が悪いほどだから、こういった場面に耐性のない者は辛い事だろう。

「面白い問題ならいいんですかー?」
「……問題自体つまんねえから却下」

 小早川の前に座っている生徒が溌剌と質問した。それにより緊張が一気に崩れ、あちこちから安堵の息が漏れる。

「あー……この後入学式だから移動すンぞ。心山、お前総代代理だから先頭行け。四十九院はさぼんなよ!」

 佑から舌打ちが聞こえた。この期に及んで尚サボろうと思っていたらしい。

「寝てしもても怒らんから、まあ、出るだけ出えよし」

 "あの"佑にそんな台詞を吐く迅に、生徒らがおののいた。人気があるとは言え、それでも畏怖の方が強いのだ。

「……ン」

 周囲が固唾を呑んで成り行きを見守る中で、佑は憮然としながらも頷いた。
 よしよしと頭を撫で始める迅に嫉妬よりも戦慄が走ったが、佑は嬉しげに目を細めるだけだった。
 迅(及び一部を除く友好な関係にある者)には牙を剥かない猛獣に、誰も彼もがただただ驚きを示すばかり。
 猛獣使いならぬ佑使いの称号と尊敬のまなざしを迅が得たと知る者は、生憎本人達の中にはいなかった。

「色々鬱陶しいと思わはるやろうけど、大人しゅうしぃよし?」
「…………努力する」

 たっぷりと置かれた間が不安だったが、道中も式中も言い付けを守ろうと頑張っている雰囲気が読み取れた。佑のほほえましい――と形容するには前後左右の生徒が些か哀れだが――姿に、図らずも親心を覚える迅であった。



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