人が自分たちを避けていく。大抵は怯えての行動だが、一部は避けた後あからさまな悪意を向ける者もあった。
その悪意を受けて、綺麗な顔をありありと不機嫌に歪ませた猩猩緋は、更に悪鬼の如し形相で舌打ちをした。悪意を向けられた本人と、幾許かの原因二人は苦笑するほかなかった。
「佑」
「……ムカつく」
獣が唸るような低音に、迅は渇いた笑いを漏らす。
多分佑は迅に悪意を向ける者と、向けられる大半の原因にしかならない自分に苛ついているのだろう。
晴れ舞台当日だと言うのに、天気ばかりか佑の機嫌も大荒れだ。こうも佑が不快な思いをするのなら、教室に連れて行けと起こすのではなかった。けれど行事にはなるべく参加した方がいい。
佑をサボらせるのと、こうして無理にでも出席させるのと。果たしてどちらが正しかったのか推し量れないまま、一年間を過ごす教室へとたどり着いた。
強室内には既に大半の生徒が入っており、各々好きに固まっていた。一貫でない学校ではあまり見ない光景かもしれない。尤も小学校の入学式の記憶はとうに星の彼方であるし、中学でも同小出身者が殆どだったから、迅は想像するしかないのだけれど。
扉をくぐった迅たちを出迎えたクラスメートの反応は、皆一様であった。
まず小早川・早少女に軽く挨拶して、後に続く迅に眉を顰め、迅の一歩後ろにいる佑に畏怖と好意の入り交じる視線を送り、一部はそうしてからまた迅を睨む。最後で佑の機嫌がまたも急降下して、隠されない不機嫌さにより、迅を睨んだ生徒が一斉に目を逸らした。佑はもうそろそろ、不機嫌オーラだけで人が殺せるのではないだろうか。
「……えー!」
主に佑のせいで静まり返った教室に、早少女の不満たらたらな叫声が響く。
「うるさいから、早少女」
「小早川ぁぁぁ! だってひどいくね! 俺だけハブなんだけど!」
余程嫌なのか、憤ったふうに早少女は黒板に貼られた座席表を指差した。
地団駄を踏む早少女を宥めて表を見る。
「別に、大して離れてへんやろ……。佑とは同列やし」
「でも、ふたつも空いてる! ムネは左隣で、小早川は右斜め前なのに!」
「なんてわがままな……」
流石に迅も、うなだれた小早川に同意せざるを得なかった。ほほえましいわがままではあるのだが。
小早川は廊下側二列目の後ろから二番目、早少女は三列目の前から二番目、佑は同列最後尾で、迅は四列目最後尾に当てられていた。
俺もひとつ前くらいがよかったとむくれる早少女の頭を、佑がいきなり鷲掴みにする。ひ、と誰かが息を飲んだ。
「休み時間に来りゃいいだろ、面倒臭え奴だな」
目を合わせずに言葉を放り投げ、早少女の頭を左右に揺らし出す。照れ隠しのように。
まさか佑からそんな台詞が出て来るとは露聊かも思っていなかった両早が、ぽかんとして佑を見た。
「つ……」
「あ?」
「四十九院……かわいい痛い痛いごめんなさい!」
可愛い、と早少女の声が零れた瞬間、佑の手の甲に血管が浮かび指先が白くなった。頬のほうは、心なしか赤いけれども。
「気持ち悪ィこと言うんじゃねえッ!」
「ごめん、痛い、でも可愛いこと言っ、あっすみませんもう言いませんだから許して! 頭がトマトジュースになる危険性があるからっ! 熟れたトマトの果肉が入ったトマトジュースになっちゃうから! せっかくの晴れ晴れしい入学式当日にそんな惨事はっ、惨事はらめぇぇぇぇ!」
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