一応夕食時をずらしてみたものの、大した効果は得られなかった。食堂にいる生徒はそれでも食事時よりかは少ないが、全部がこちらへ意識をやっている。
小早川、早少女両名へ、それから迅に悪意を向け、更にそれらを上回るのが佑への畏怖を交えた好奇である。佑本人が周囲をねめつければ視線は逸らされたが、意識までは牽制できなかった。
空いていた席に陣取るや、佑が机に伏せた。
「……ウゼェ……」
無遠慮に突き刺さる視線は、殆どが迅に対する嫉みだ。両早がただでさえ美形で、今日には佑が加わった。明らかに平凡顔の自分が浮いているのは分かっている。
だが一体それが何だと言うのだ。文句があるなら好きに言っていれば良い。赤の他人に友人を制限されるいわれなどあるものか。
「今ひときわ強い悪意が来てる気ぃがすんにゃけど、これが佑の親衛隊か?」
「多分な。……来るんじゃなかった」
「目ーつけられた感じだもんな、ムネ……」
「って、今更じゃない? 俺たちと一緒だったし。ただ、明日辺りからは本当、食堂使わない方がいいかも」
「なして?」
「殆どの生徒が寮に戻るから」
「もっといっぱい睨まれるっちゅうことか」
小早川が頷く。
「あのオカマも、もう戻ってくるだろうな」
「お、オカマ?」
あらんかぎりに眉を顰めて、親衛隊長だと投げる。それが今にも人を殺せそうな顔だったので、両早が思わず体を引いた。
二人の反応を受けて、佑はばつが悪そうに表情を和らげた。
「……悪い」
眉根を寄せる佑に瞠目したが、嬉しくなって佑の頭を撫でた。辺りから悲鳴や侮蔑が聞こえたけれど無視をする。
「気にせんでええよ。悪いのは佑とは違うやろ」
「……ン」
安心させるように笑んでやれば、佑も安堵を滲ませて微笑んだ。
何をされようが佑が悪いのではない。屈するつもりもないし、佑から離れるつもりもない。
こうなるのが嫌で食堂を拒んでいたのに、それでも是と言ってくれたのだ。自分を内側にいれてくれたことが嬉しくて、もう一度佑の頭を撫でた。
佑から殺気が溢れたのは、食堂を出たそのおりだった。佑のねめつけている先を見やると、昨日出会った彼がいた。
「あー、むねたんじゃん! にょろー」
棒付き飴を片手に、義隆が謎の挨拶をしてきた。周囲にいた生徒から呪う勢いで睨まれたのを察するに、義隆も人気のある男なのだろう。言動はともかく、顔は良いから。
「何で佐竹と知り合いなんだよ」
「あぁ、昨日道に迷ってたのを助けてもろてな。先輩、昨日は飴と道案内おおきに」
「つーくんと無事になかよしになれたみたいだから、道案内した甲斐があったってもんさー!」
「つーくん?」
佑のことだ、と義隆は笑う。呼ばれた本人は気に入らない様子で、義隆を睨み付ける。睨んだ先、義隆の背後から来た三人の美形を認めてまた殺気を放った。
三人のうち、一番背の高い錆御納戸(さびおなんど)の髪をした男から敵意を向けられた。見覚えもない相手から睨まれる理由がわからずに、迅は首を傾ける。
「佑、」
「近寄るなこのイモ男」
「だから小豆じゃなくて蘇芳(すおう)色だって言ってんだろうが!」
佑に触れようとした抜きんでて顔の整った男が反論する。そのままぎゃあぎゃあ口論しだしたと思ったら、佑は男を殴って逃走した。
「……」
「むねたんは初めてだおねー。これはつーくんとあっちゃんが遭遇すると百パー起こるんだお!」
どう反応すべきかわからず呆然としていると、義隆が解説をしだした。
「あっちゃん?」
「佑にイモって言われたこいつー。望月晟っていって、せーとかいちょーなんだ。俺とおんなし三年せー」
なるほど、では彼と来た二人も生徒会か。遠慮のない悪意が多いのも道理だ。
「……こいつが佑の同室か?」
「そーだお」
「随分平凡だな。……いや、よくよく見れば平凡よりかは……」
見定めるように顔を近付けられる。悲鳴はもう気にしないことにした。
晟の髪は確かに小豆色に見えないこともない。単体だと赤に見えるが、例えば佑の猩猩緋が隣にいれば、それが単なる赤でないことがわかる。それにしても佑といい義隆といい、何故日本人らしからぬ色が似合う男ばかりなのだろうか。
「晟。不用意に近付くと、彼に迷惑がかかるだろう」
王子だ、と思った。西洋ではなく日本の。若様とでも呼ばれていそうな男だ。彼が柔和な笑みを浮かべながら、晟を窘めた。
周囲は彼の微笑にうっとりとした様子だが、迅は寒気を感じた。虚構で取り繕った、ふさわしくないものがそこにあるような気がして、僅かに悚然(しょうぜん)とした。
髪は黒かとも思ったが、どうやら藍墨茶だ。
「いいじゃねえか、別に」
「手間を増やすなと、桂に怒られるよ」
「元澄(はるずみ)なんか放っとけ」
溜め息をついた男が晟の襟首を掴んで引き離した。それからこちらを見て、にこりと笑った。笑貌がやはり不自然で、居心地が悪い。両早も、小小ながら違和感に気付いたらしい。
「会長が迷惑をかけたね。俺は副会長の圷瑰奇という。三年だよ」
「はあ……。心山迅です……」
仮面がたいへん気持ち悪いが、瑰奇なりに理由があるのかもしれないので、やめてくれとは言わなかった。第一、初対面の相手に言うようなことでもない。
「むねたん、そっちのふたりはお友達?」
「ああ、へぇ。小早川と、早少女です」
「こばたんと、めーちゃんね。……二人あわせるとこばやとめ!」
「何と……! 俺と同じことを思い付く人がいるなんて!」
思考回路の同調が嬉しかったのか、早少女が喜び出した。
「俺らって……気が合うかも! すなわちめーちゃんは俺の友! ヨシリンって呼んで!」
「いいですとも、ヨシリン先輩!」
手を取り合う二人を見て、小早川が溜め息を吐いた。馬鹿ばっかりだ……と。
「あ、それから、さっきからむねたんを睨んでる二年せーが、書記の関愛宗。佑とは同郷で、ハイレーのメンバーだったから、むねたんが気に食わないみたい。まったくもうこの狭量さんめっ!」
ぴり、と空気が張った。愛宗がしているのではなく、大部分が義隆によるもので。小早川がうろたえ、瑰奇の目が面白そうに細められた。
揶揄するように言った義隆を、愛宗が眄睨(べんげい)する。
「佑に近寄んな」
迅に向かって投げられた言葉は苛立ちや、怒りのようなものが渦巻いていた。
「あいつは誰も自分の内側に踏み込ませたりしない、誰も側に置かない、孤高の存在なんだよ!」
まるで自分に信じこませているような、声で。
己のイメージを押しつけるふうでもあったからむっとしたが、反論せずに踵を返した愛宗を見送った。
「まったく……仕方ねーの、あいちゃんは」
心底呆れたような眸で、義隆は嘆息をもらした。
「あいちゃん、あんなんでもいちおー俺ら……せーとかいの仲間だからさ、あんまり嫌わないであげてね」
「はあ……。――俺ら?」
「あ、言ってなかったっけ。俺もせーとかいなんだおー。かいけーやってんの!」
注意するしない以前に生徒会と遭遇していたのは、何の悪戯だろうか。
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