ひとりよりふたり!


 ふ、と、佑は目を覚ます。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。携帯で時間を確認する。六時半。随分健康的な時間に起きたものだ。
 二度寝する気にもならなかったので、洗顔をしてしまう。それから喉を潤しにキッチンへ入った。冷蔵庫からミネラルウォーターと一緒にゼリー飲料を取り出そうとして、昨晩たいへん怒られたのを思い出した。水だけを出してコップに注ぎ飲み下す。
 ペットボトルをしまうおりに取り出したのは、二人分の卵と食パン。気付いたのは、半熟の目玉焼きとトーストを作ってからだった。

「……何で二人分……」

 別に、迅のことなど無視しても良かった。いつものようにゼリー飲料か栄養補助食品で済ませてしまえばいい。
 けれど何故だか憚られて、食卓に二人分の朝食を並べた。

「あー……佑、おはようさん……早いなぁ……」

 コーヒーを淹れている最中に、寝ぼけ眼の迅が姿を現した。何ともタイミングの良いことだ。
 テーブルの上のものに目を留めるや、へらりと笑う。

「俺のぶんも作ってくれはったんー? おおきになぁ」
「べっ……別にてめえのために作ったんじゃっ……!」
「うわー、誰かの用意した飯食うのって、何年ぶりやろー……嬉しいもんやなぁ。おおきにな、佑」
「だからっ、お前のためじゃねーよ! 知らん間に作ってたんだよ!」

 言うなりもっと嬉しそうに笑うから、墓穴を掘ったのだと気付く。憮然としながら、コーヒーを迅の前に置いた。迅がまたへらりと笑う。

「半熟卵やー。俺の好きな具合」
「……そうかよ」

 誰かと食事をするのは、随分久方振りのことだ。自分のぶん以外を作るのだって。
 嬉しそうに食む迅の顔が、懐かしい記憶を呼び起こす。もっとずっと幼いころに、一度だけ母のために夕食を用意したことがあった。できあがったのはお世辞にも美味しそうと言えないものだったし、小さな体にはたいへんな重労働だったけれども、母の喜ぶのが見たかった。初めて握った包丁が重たくて、それでいっそう難儀した。後ろから抱き込んで、自分の手の上から柄を持って、父は手伝ってくれて。
 ――そうではない。自分が、母の日だからと父にねだったのだ。一緒に作ろうと。
 少なくともあの頃は、楽しかった。父母と一緒なのが。
 どこから、捩れてしまったのだろう。

「どないしはったん?」
「いや……」

 止まっていた手に、迅が声を掛ける。それで我に返った。何を思おうが、詮無きこと。かぶりを振って、記憶を追い出した。

「そういや、佑が首席なんよな」
「……まあ」
「総代の挨拶が何で俺に回って来るん?」
 普通、新入生代表は首席がやるものだ。慣例に倣えば佑が請負うのが道理だろう。

「俺に頼むかよ、教師が。……つうか、入学式なんてダリィもん出ねえし」
「ちゃんと出なはれ」

 こら、と叱られる。迅はお節介だと自称したが、お節介と言うよりも母親体質なのではないだろうか。

「ところで、昼はどないする? 一緒に食堂行くか?」

 首を横に振る。あの鬱陶しい空間に何故行かねばならない。それに自分と一緒に行けば、親衛隊などという気持ちの悪い勘違い集団が迅に何かしらするだろう。何よりも、晟にかち合うかもしれない。佑はそれが一番嫌なのだ。

「じゃ、俺も部屋で食うかな。ああでもその前に食材買うてこな。昼飯なにがええ?」
「……なんでもいい」
「ダメなもんとかは?」
「……茸とか、貝類」 
「あかんの? 美味いやん」
「あんなもん食い物じゃねえ」

 頑なな様子に、迅が苦笑する。無理に克服させようといった気はないようだ。
 雀の声を聞きながら食後のコーヒーを楽しんでいると、迅の携帯が震えた。父からだ、と首を捻った。佑は席を立って、食器を下げにいく。キッチンでぼんやりしていると、

「佑ー。ここの入学式て、親は来るもん?」

 一応顔を出して、否と答える。

「来るのは大抵、パイプが欲しい奴等だよ」

 純粋に進学を喜んで参加する親は中等部あたりからいなくなる。息子を祝うためでなく、パイプを作るために来るのだ。親同士で接する機会など、入学式と卒業式、文化祭の外来日くらいしかない。
 迅は理解しかねる、といった顔をして、来ても良いらしいと伝えていた。
 行く、とでも言われたのだろう。嬉しそうな眸をしている。

「……お前の父親って……どんな奴なんだ?」 

 電話を切ったのを見計らって尋ねる。

「まあ、できた人やなぁ。いっつも俺らの心配してくれはって、俺らのために一生懸命働いてくれはる」
「ふーん……」
「佑のとこのは?」
「……お前んとことは正反対だよ。自分が王とでも思ってんじゃねえの」

 家庭など省みぬ傲慢な男だ。それなのに、父も自分を案じていると見え透いた慰めを口にする母にも、次第に苛立ちが募って。

「あんな奴、親じゃねえ」

 本心から憎めたのなら、いっそ楽だろうに。
 ぽふ、と頭にてのひらが乗った。

「淋しかったんか?」
「……わかんね」

 撫でられたまま俯いた。そうなのかもしれない。心の底に溜まった感情は、そういった名前なのだろう。認めてしまえば、随分とすっきりした。

「何で……こんな話したんだろうな」
「それはきっと――佑が俺に話してもええと思わはったからやな」

 嬉し気な笑みの迅に釣られて、佑もわずかに口端を上げた。



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