食事を終えて部屋に戻ると、佑は不在のようだった。
昼を摂った様子がない事に眉を顰める。キッチンのゴミ箱に、ゼリー飲料の屑が捨ててあった。およそ昼食らしからぬ昼食に、迅は溜め息を禁じ得ない。だからあんなに細いのだ。夜に目撃したら叱ってやる、と決めて、荷物の整理に向かう。
私室は寝室であり、勉強部屋でもあるようだ。シングルにしては広めのベッドと、本棚を兼ねる机がおいてある。時計などの小物は地下の雑貨屋にあるそうだから、学校が始まる前に買いに行くのもいいだろう。
棚に暇つぶし用の本を並べ、引き出しにはノート類や筆記具をしまう。クローゼットに私服を入れたりしているうちに、多くない荷物にもかかわらず、結構な時間を割いていたようだ。
人の気配に私室を出ると、帰ってきた佑と出くわした。
「ああ、おかえりー」
一瞬戸惑った佑の視線が、迅の右手にいった。正確には、右手に握ったものに。
「……なんだ、それ」
「これか? 熊の虎次郎はんや」
小二になる妹が入れたのだろう虎次郎を佑の眼前に差し出してみれば、彼の眉間の皺が増えた。
「熊に虎かよ」
「俺が縫いぐるみ持っとることに突っ込んで欲しかったわ……」
ちょっとしょげる迅を無視して、佑はリビングに向かう。迅はその後を追った。虎次郎をソファに置く心算なのだ。冷蔵庫に水を取りに行く佑の背は、やはり細い。総長をやっていたと聞いたが、早業勝負なのだろうか。
リビングに戻った佑が、ソファに鎮座する虎次郎を見るなりまた盛大に眉を顰めた。
「なあ佑、なんで同室者はんを殴らはったん」
虎次郎の隣りに座って、真朱の眸を見上げた。カラーコンタクトなのだろうが、随分上手く作られている。
「……殴りたかったから殴った、でいいだろうが」
「佑は、そんな理由になってへん理由で人を痛め付けるような子ぉと違うやろ」
「知ったふうな口をきくんじゃねえよ!」
「じゃあ、何で殴りたかったん」
「それは……」
言い淀む佑に、やはりと瞬きをする。当時理由を訊かれたときも、この調子だったのだろう。
殴りたかったから――というのは教師たちにとっては十分な理由になるのかもしれないが、少なくとも宍戸や義隆には理由足り得なかったのだろう。だから佑が同室者を病院送りにした、という事実だけを教えたのではなかろうか。表面上佑を警戒しこそすれ、特に義隆は佑を見放していないのだ。佑が真実どうしようもない男なら、佑を頼む、などと言わなかろう。
「関係っ……ねえだろ! 関わるな!」
殴るだろうかとも思ったが、佑はそれをせず私室に戻ってしまう。乱暴な音をたてて閉じられた扉は、佑の心情そのものだ。
虎次郎の頭を軽く叩く。猛獣ではなくて、何やら捨て猫のように感じられた。
数時間後、来客を知らせるベルが鳴る。迅がドアを開けた先には、小早川と早少女が立っていた。
「晩ご飯のおっ誘いっでーすよ!」
「もう食べちゃった?」
「うんにゃ」
「おー! 行こう行こう。四十九院は?」
肩をすくめて佑の私室を指した。閉じこもったきり出てきていないのだ。
「佑ー? 俺ら晩飯行くけど、佑どないする?」
ノックして声をかけるが、返事がない。
「ただのしかばねのようや」
「誰が屍かっ! 勝手に行けよ!」
返答がきたことに満足して頷いて、部屋を出た。小早川らが目を丸くしているのは、恐らく佑と普通に話しているからだろう。
突っ込まずにはいられないようだと言えば、二人に笑みが灯った。
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