緋色は慣れた様子で山を降りていく。

………うん。というか、崖を降りていく。冗談抜きで。


「ジョット殿、大丈夫ですか?」

「あぁ…問題ない。…緋色は仕事の度にここを降りるのか?」

「そうですね…空を移動しない限りはこの崖を降りるしか…」

「空?お前飛べるのか?」

「あっ!!…いえいえ、そのような絵空事、この緋色めが出来る筈もありませぬ!」

「(出来るのか…)」


俺も戦闘時はグローブから死ぬ気の炎を噴出して飛ぶからそこまで驚かないが。緋色本人は冷や汗だらだらだ。

そういえば、雨月から連絡があったとはいえ、名を聞いてきたりしたあたり、雨月は俺たちの素性を彼女に知らせていないのか。
雨月自身イタリアのマフィア…ボンゴレの幹部であること、俺はそのボスだということ。

何も知らない緋色は多分、一般人に崖下りをさせていると思っているに違いない。


でも、初対面の俺たちに雨月の友人だから≠ニいう理由で自ら瞳の色を見せるくらいだから、彼女の雨月に対する信頼はとても厚いのだろう。


崖を降り終えて、ふぅと一息ついていると、緋色が固唾を飲んで決心するように俺たちを見つめていた。前髪から覗く紅眼が不安げに揺らめく。



「………ジョット殿方は、人外の存在を信じてらっしゃいますか?」

「人外の…?デモーニコのことか?」

「いいえ。霊魂は人の一部でございます。それとは全く異なる…妖たちのことでございます」


アヤカシ…イタリアで言うモストロ辺りだろうか。
ジャッポーネでは神や妖といった肉眼では確認できない人外の存在を信仰、恐怖する習慣があると雨月に聞いたことがある。
緋色は、自身を巫女≠ニ言っていたから、妖退治でも生業にしているのだろうか。


「実際に見たことがないから、なんとも言えないが…居ると言うのなら、信じよう」

「有り難うございます。では…貴殿方が…、民衆のようにこの子達まで忌み嫌う方々ではないことを信じて、……」


有り難う、と口では言っているが、彼女は不安と警戒、不信を滲ませた表情で踵を返した。
生きていて何度も眼の色のことで辛い目に遭ったのだろう。簡単に予想がつく。直ぐには信用出来ないという様子にも頷ける。


「この子達は、私が傍にいる間必ず各々の妖力が高まり、見鬼の才がない方にも姿が見えてしまうのでございます」

「妖力?…見鬼の才とはなんだ?」

「妖、霊体、神など人外の存在を見て聞くことの出来る才覚のことにございます。詳しいお話はまたの機会にさせて頂ければと思います。では、……虚空、闇。もう良いですよ」



彼女がそう小さく呟く。
誰のことだろうか、そう考える前に、見覚えのある単姿の男と、こちらは初対面の、14くらいの少年が姿を現す。
…が、確かに一目で分かるほどに、少年の方は明らかに人間ではなかった。
背から生えた漆黒の翼。大きく先の尖った、下を向いている耳。
伏し目がちな睫毛の長い幼さの残る顔立ちは人間のものだが、人間には翼は生えない。
……これが、アヤカシ。


「烏天狗の虚空、その弟で鴉の妖の闇でございます。虚空は元より妖力が強いため、人間に化けて普段は門番とこの霊山の守役を頼んで居ります」

「…………」


驚きで声がでない。
先ほどまではただの男だった虚空は、背に闇という少年のものよりも立派な漆黒の翼を背負っていた。


隣でGも目を見開いて驚きを隠せない様子だった。モストロのような強さをもつ人間とは戦ったことはあっても、実際にモストロを目にするのはこれが初めてだからだ。


「緋色急げ。棟梁天狗の娘の病状が悪化したらしい」

「!…分かりました、すぐ向かいます。闇、貴方は先に向かって不知火に出来る限り妖力を高める香を娘さんに吸わせるよう伝えて。回復力を少しでも底上げして差し上げるように」

「わかった」



ばさり。翼を羽ばたかせ少年は宵闇に染まりかけた空へと消えていく。


「緋色、俺たちはどうする?邪魔になるようなら此処で待っていようか?」

「………………いえ、共に来てください。私が居ないときに他の妖が貴殿方を狙わないとも限りません、それに彼らには人間に向けるような技は一切効きません。危険です」

「……わかった、着いていこう」

「助かります」


緋色が走り出すと同時に虚空と呼ばれた男が羽ばたいた。木々の間を器用にすり抜けながら彼女に情報を言伝てる。


「呪いの進行はやはり早い。このままでは半刻としない内に娘の命はこと切れる」

「呪詛を仕掛けた妖の目星は?」

「もうついてる。灯晶がキレて勝手に仕留めに行った」

「あぁもうあの人は…ちゃんと生かしておくよう注意しましたか?」

「したけど駄目だな、頭に血が上ってて聞いちゃいない。彼奴雪女の癖に冷酷どころか感情的過ぎるんだ」

「もう…っ!」

「安心しろ、クチナシが万が一のために着いていった」



走りながら後ろを着いていく俺たちに配慮として「先程紹介した二人の他に、私には5人、式として操れる妖が居るのです」と苦笑混じりに告げた。

Gは現実味のないこの状況に始終首を傾げたままだが、俺の中ではある程度心が決まっていた。



緋色を、ボンゴレに入れよう。

幹部初の女性かな、と独り内心楽しみにしながら、また増えたと嫌な顔をするであろう雲の守護者の顔を思い浮かべた。





 

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