「まず、何からお話しすれば良いでしょうか…」

「……今、アラウディに憑いていた奴らは?」


G殿の真っ直ぐな視線を受けて、私はすぅと息を吸うと静かに話し出す。


「彼は、警察に似たお仕事をしていらっしゃいますよね?」

「…ああ。詳しくは国家機密だから、と聞かせてはもらえなかったが、母国の皇族直属の秘密諜報部を仕切っている。
その際に、罪人を捕獲・連行したり、その場で制裁を下すことも少なくない…と言っていた」

「やはり…。彼に取り憑いていた霊魂は、彼がかつて連行し拷問ののちに極刑を執り行った罪人の者達のものです。それも、かなり極悪の」

「……復讐か、怨恨か…」

「私のように霊魂に対抗できる術を持たないようですし、体質的にもその手のモノを引き寄せやすかったように思われます。
疲労困憊しているところに集団でかかれば、取り憑き操り、その身を乗っ取ることも難しくはありません」



彼からは強い霊力は感じるものの、私のように術として扱えるほど確りしたもののようには思えない。
おそらく、人外のものを明確に認識することや引き寄せることに関しては長けていても、それを対抗する手段として扱うほどの知識や力量がなかったのではないだろうか。
具体的に説明すると、私の霊力を雪と例えた場合、彼の霊力は霧と例えられる。
雪は、固めることで威力を増す。反対に霧は、纏うことは出来ても手で掴むなどが出来るほどの実体はない。



「アラウディがそんな体質だったとはな…初耳だ」

「一言もそんなこと言っていなかったしな」

「……言ったところで君たちに何か出来たかい?」

「「!」」

「目が覚めましたか…!?」


ジョット殿の言葉に相槌を打つG殿の声に続くようにして、小さく呟かれた初めて聞く彼の声。
七華に目配せをして、部屋の外に待機させている者のうちからクチナシを連れてきてもらう。その間に私は彼に駆け寄って顔色の確認をする。
床に膝をつけて、ソファーで横になる彼の頬に触れる。ぴくり、揺れる身体。気難しそうな空色の瞳と視線が交錯するけれど、触れた手のひらは払われることはなかった。


「……っ、」

「お初にお目に掛かります、私の名は「羽音、緋色…」…知って、らっしゃいましたか?」

「……黄金色の髪の、少女が…言っていた……」

「嗚呼、七華ですね…。ひとまず、貴方様の状態を確認させてくださいまし」



失礼します、の声と共に彼の前髪をそっと掻き上げて額に手を当てる。
発熱はしていないらしい。顔色も良いし、瞳を見てもしっかりと焦点が合っている。
あの数の魂にいっぺんに憑かれておきながら、こんなにも意識がはっきりとしているなんて…精神が強い、この方は。


「気分は如何ですか?」

「……普通。少し、寝惚けてる感じはするけど…」

「調子の悪い箇所はございませんか?」

「……特に…ない」

「そうですか…良うございました…、クチナシ」

「うん」


赤毛の彼を手招きと声で呼ぶ。大きな蛇目がきょろりと剥いて、彼を爪先から頭まで眺めて、「すごい…どこも悪くなってない、霊力も…少し休めばすぐ、回復するよ」と驚いている。
霊力を浪費しているようならクチナシに手伝ってもらってすぐに回復するよう術を施そうかと思ったけれど…その必要も全く要らない様子。

もしかしたら、この方はとんでもない才覚を持ち合わせているのかもしれない。訓練をすれば、私をも凌駕するような術使いになるだろう。


むくりと起き上がった彼は、私を見下ろしてじ…と見つめてきた。
端整な顔。長い睫毛が白人特有の透き通った肌に影を作る。
金髪よりもっと色素の薄い、白に近い金…クリーム色とでも言うのでしょうか、先程も触れたとき柔らかくて繊細な感触だったその髪がふわふわと跳ねている。
青空を切り取ったような綺麗な瞳の色…、私の瞳とは、正反対の鮮やかさ。

綺麗だと、思ってしまった。
私も、このような容姿に産まれていたら…もっと充実した幼少期を過ごせたのに、と。



「いくつか、質問してもいいかい」

「……ぇ、あ、はいっ何なりと…!」

「…じゃあまずひとつ目。君のところに、亡霊がうじゃうじゃ行かなかったかい?」

「あ…はい。海を船で渡っていたときに」

「(あいつら、海渡れたんだ…)それ、どうしたの?」

「皆様昇霊の術にて成仏して頂きました」

「!」

「総勢38名ともなりますと、中々に骨が折れましたが…。お陰で直後に乗り入れてきた人拐いの方々に対抗する力が残っておりませんでした」


脳裏に浮かぶ、霊魂の群れ。
船室で談笑する私たちのもとに、壁をすり抜けて入ってきた彼らは、口々に「山籠りのナデシコ様、お頼みしたいことがあります!」と言ってきて…。
成仏するために無念を晴らしてくれ、と言う彼らに「貴様ら全員の願いを叶えてやるほど緋色様は暇ではない!!」と七華が怒ってしまい、それに反抗する魂を不知火が「黙って成仏されないと喰っちまうよ」と脅し…。

全部の魂を一度に昇霊させ、霊力を激しく消耗してへとへとになっていたそのとき、船室の扉を蹴破って船員ではない見知らぬ殿方が侵入してきた。
式の皆が抑えられている間、私一人で抵抗するも力及ばず、一瞬の隙をついて背後に回られ、薬を嗅がされ…。


「全く災難な出来事でございました…」

「本当にな」

「タイミング悪かったんだな…」

「38人分の魂を…、」

「昇霊術は他の術よりも霊力の消費が著しいのだ、襲われるのが直後でなければ緋色様の勝ちは目に見えている!」

「まぁでも…ぼくたち全員を押さえたくらいだし…、敵もなかなか強かったよ…?」


ジョット殿とG殿が苦笑いを浮かべ、目前の彼は驚きで瞬きをしなくなる。
私の失敗を庇うように声を上げる七華に、補足するクチナシ。くすり、と笑みが漏れた。

騒がしくなってきた室内に、「終わったのかい?」と不知火が入り口から覗いてくる。
手招きをすれば、彼女だけでなくぞろぞろと皆が入ってきてしまい、大勢が苦手と聞いていた彼は大丈夫かと視線をやれば、私の式の皆を珍しいものを見るような好奇心を含む目で見ている。
どうやら、機嫌を損ねるような状態にはならなかったようで、小さく小さく安堵の息をつく。


「……じゃあ、ふたつ目の質問。」

「え?」

「君はどうやってそこの金髪の女と入れ換わったの?」

「あぁ…その説明には彼女達が何者なのか、という説明が先に必要ですね」


談話室で彼女達を紹介したときと同じように、妖怪としての名と、私が式に配する際につけた名とを順に言っていく。
虚空だけは「また緋色に関わる男が増えた…」と始終機嫌悪そうにしていたけれど、他の皆は割かし普通にしていた。
彼らは妖怪であり、私の式であること。人間か動物に化ければ唯人にも視認できること。本来の人妖の姿でも、私の傍に居れば唯人に見えること。今までジョット殿たちにお話ししたことを彼にも説明した。




 

1/3


≪戻


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -